読めますか? テーマは〈公〉です。
公腹立つ
答え
おおやけはらだつ
(正解率 18%)正義感から腹を立てること。枕草子で、嘆く女を見捨てて行く男に、筆者の清少納言は人ごとながら腹を立てる。同義の「公憤」の方が有名だが、今の日本ではその語もあまり見聞きしない。
(2014年12月01日)
選択肢と回答割合
おおやけはらだつ |
18% |
こうはらたつ |
45% |
こうふくたつ |
37% |
公孫樹
答え
いちょう
(正解率 62%)黄葉で有名な木。孫の代に実がなることからの字という。「銀杏」などとも書く。衆院選はきょう公示。選挙では孫の代まで考える政治家に投票したい。
(2014年12月02日)
選択肢と回答割合
公界
答え
くがい
(正解率 57%)「おおやけの場所」「世間」「公衆」などさまざまな意味がある。網野善彦さんは「無縁・公界・楽――日本中世の自由と平和」(平凡社)などで、世俗権力の私的支配下にないという意味で日本中世における自主独立を指す言葉として定着させた。
(2014年12月03日)
選択肢と回答割合
きんかい |
24% |
くがい |
57% |
こうかい |
19% |
公魚
答え
わかさぎ
(正解率 54%)結氷した湖の穴釣りで有名な魚。茨城県の霞ケ浦で取れたものが江戸の将軍家(公儀)に献上されたことからこの字になったとか。「鰙」「若鷺」などとも書く。
(2014年12月04日)
選択肢と回答割合
このしろ |
28% |
さより |
18% |
わかさぎ |
54% |
狙公
答え
そこう
(正解率 55%)猿を飼う人のこと。狙は「ねらう」「狙撃」として知られるが、昔は猿を指した。狙公が餌を減らし朝三つ、暮れに四つにすると提案、猿たちは怒った。そこで朝四つ、暮れ三つと言うと猿たちは喜んだ。目先にこだわり同じ結果になるのがわからないという言葉「朝三暮四」の由来だ。消費税再増税は延期するだけで結局は実施されることから「まさに朝三暮四」の声もある。
(2014年12月05日)
選択肢と回答割合
えてこう |
32% |
かっこう |
13% |
そこう |
55% |
◇結果とテーマの解説
(2014年12月14日)
この週は衆院選公示にちなみ「公」の字。だじゃれじゃありません。
今回の選挙は投票率の低下が予想されています。大野晋「日本語の年輪」(新潮文庫)によると「政治はおかみのすることで、戦争に巻き込まれそうでも、経済が破綻しそうでも、自分には関係ないと思い込んでいる人がいる。『おおやけ』の問題には一切関係しないという考えの人もある」。しかし、おおやけの語源は「大きい家」ということです。公のことと私のこととは、昔から不可分の関係にありました。
今回最も低い正解率となったのは「公腹立つ」。これは古語で、現在は死語ですから無理もありません。出題時に取り上げた枕草子だけではなく、紫式部の日記でも「おほやけばら」、源氏物語でも「おほやけはらだたし」は使われています。平安時代のキャリアウーマンにとって、おおやけの理不尽を私の憤りとして受け止める心性が「公腹立つ」という言葉になっていたのかもしれません。
「公孫樹」は今回最も高い正解率ですが、数字としてはやや低めなので、あまり使われない当て字といえるでしょう。しかし「銀杏」は俳句で好まれますが「ぎんなん」とも読めてしまううらみがあります。「鴨脚樹」は語源に近いとされますが、この字もあまり見かけないと思います。だから「公孫樹」の字は廃れません。でも「孫」は孫の代に実がなるという意味があるとして「公」は? おそらく「おおやけ」の意味はなく単に孫に対してのおじいさんの意味ではないかと推測します。
「公魚」は今の茨城県に当たる麻生藩が霞ケ浦産のワカサギを徳川将軍家に献上したことからの名とされます。将軍家は公儀とも公方(くぼう)ともいわれますのでその「公」と思われます。ちなみに公方はもと「おおやけ」の意味がありました。
「おおやけ」は「公権力」という言葉があるように政権と結びつきやすい概念のように思いますが、昔は必ずしもそうではなかったということを教えてくれるのが「公界」という歴史用語です。中世歴史家、網野善彦さんの著作によって知りました。「俗権力も介入できず、諸役は免許、自由な通行が保証され、私的隷属や貸借関係から自由、世俗の争い・戦争に関わりなく平和で、相互に平等な場、あるいは集団。まさしくこれは『理想郷』」(
「無縁・公界・楽」)という世界が日本の中世にはあったといいます。つまりここでは「公」が「私」と対立する息苦しい空間ではなく、ましてや政治にからめとられた場でもなく、民衆による平和で自主独立の世界として成立していたのです。
しかし網野さんは手放しで評価しているわけではなく、「餓死・野たれ死にと、自由な境涯とは、背中合せ」でした。また、江戸期には「公界」は「苦界」に転化していきました。その厳しい現実は認めるとしても、乱世にこのような世界があったということは驚きです。
「狙公」の「狙」は実は、2010年にようやく常用漢字になりました。それまで新聞では使っていましたが、ようやく最近公的に認められたのです。しかし昔はこの字がサルを表したというのは、円満字二郎さんの
「ひねくれ古典『列子』を読む」(新潮選書)で知りました。「朝三暮四」という言葉は猿を飼う「狙公」が猿の餌を「朝三つ、暮れ四つ」より「朝四つ、暮れ三つ」の方がいいとサルたちを丸め込む話として知られますが、円満字さんの解釈は少し違います。「狙公の考えは、実は、サルたちにはお見通しだったのではないでしょうか?」「狙公とサルたちは、そうやってだまし合いながら生きていく。それは、現実の世界でもおんなじです。政治家は庶民をうまくだましているつもりかもしれないけれど、本当は、庶民がだまされたふりをしてあげているだけなんですよ……」