エースが移籍した穴埋めをどう表現するかについて伺いました。
目次
6割は「ポジションを争う」を選択
サッカーチームのエースが移籍。原稿は、残された選手が「エースの抜けた穴を争う」というのですが――この言い回し、どうですか? |
問題ない 10.4% |
「エースの抜けた席を争う」としたい 13.6% |
「エースのポジションを争う」としたい 62.9% |
「ポスト○○(エースの名)を争う」としたい 13.1% |
「エースのポジションを争う」と言い換えたいとの回答が6割を占めました。「エースの抜けた穴を争う」は、言いたいことは伝わるものの、文章としては成立していません。この場合の「争う」は「相手より先に、自分がそうなろう(その物を得よう)とする」こと(新明解国語辞典8版)。エースが抜けたという「穴」はチームの大きな戦力ダウンを示すもので、その「穴」になろうとするということになり、意味が通じません。
より良い直し方はどれか
では、ほかの三つの選択肢のうち、どれを選ぶのがよいでしょうか。実は今回は文章としての不正解があるわけでなく、選択肢にある案はいずれも言い換えて問題のない文です。出題者も、選択した人の多かった「エースのポジションを争う」を最初に思い浮かべたのですが、最終的には「ポスト○○(エースの名)を争う」と直りました。
なぜ「エースのポジション」は採用されなかったのでしょう。まずはその記事で「エースの抜けた穴を争う」という文が出てきた背景を説明します。五輪代表にも選出されたJリーガーが直前に海外移籍し、その日の試合でチームは無得点。しかし、エースの抜けた穴を埋めるべく、他の選手が意欲あるプレーを見せた……という内容の記事でした。
「穴」を生かせればなお良かったか…
「穴」には「欠けて不完全な所」(広辞苑第7版)という意味があり、わざわざ「穴」という表現をした背景には、チームの大きな戦力ダウンがあると考えられます。「ならば自分がエースに」という意識は各選手にあるはずですが、この場合は個々人が実力を伸ばして欠けた戦力を補完するという前提があるように思われます。実力者同士がしのぎを削ってトップを争っている……という構図を思い浮かべやすい「エースのポジションを争う」は、単純には当てはめにくいと考えました。
「エースの抜けた席を争う」という選択肢はどうでしょうか。「席」には「地位」(広辞苑)といった意味がありますが、社長や役員といった「役職」にはしっくりくるものの、エースのような概念的なものにはあてはまらないように思います。
「ポスト○○(エースの名)を争う」は、先入観を与えない形で文章をつなげる直しだったと思います。しかし欲をいえば、「エースの抜けた穴」という言葉を生かせれば、記者が表現したかったことをより正確に伝えることができたのではないかと反省する気持ちもあります。
校閲も瞬発力が問われる
スポーツ記事は試合後すぐに締め切りということも多く、記事を書いている記者も余裕がないのか、こういった「よく読むとちょっと何か足りない……」という表現に出合うことがままあります。そういう時は校閲もバタバタと読むことが多いため、後で直しを入れた部分を読んで「こう直したほうがもっとよかった……」と頭を抱えることも。瞬発力の問われる中でよりよい提案ができるよう、引き出しを増やさねばと思う日々です。
(2021年10月29日)
「エースの抜けた穴を争う」という表現には違和感があり、「エースのポジションを争う」「エースの抜けた席を争う」……といろいろ代案を考えてみましたが、いずれも記者が表現したかったこととはズレているように感じました。結局「ポスト○○(エースの名)を争う」となりました。▲この場合の「争う」は「相手より先に、自分がそうなろう(その物を得よう)とする」こと(新明解国語辞典8版)。エースが抜けたという「穴」はチームの大きな戦力ダウンを示すもので、当初の表現ではその「穴」になろうとするということになり、意味が通じません。▲抜けた選手は五輪代表にも選出され、ファンから見ればエースであることは自明です。「ポスト○○を争う」とすることで、そのエースの穴を埋めるために選手たちがしのぎを削っていることを簡潔に示すことができたと思うのですが、いかがでしょうか。
(2021年10月11日)