「江古田は、中野では『えごた』、練馬では『えこだ』というのを知っていましたか」
3月上旬、自宅に遊びにきた大学の後輩がそんな話をしていた。現職の東京都中野区議とあって、地域の事情に詳しい。調べてみると、現在、中野区には江古田(えごた)という地名はあるが、練馬区にはない。西武池袋線の江古田(えこだ)駅周辺の同区栄町、旭丘がかつて、江古田(えこだ)町だった。現在でもマンション、商業施設などは「えこだ」と読ませるものが多い。
江戸時代に、中野側の多摩郡江古田村の新田開発が練馬側の豊島郡上板橋村で行われ、その後の自治体合併で別々の区に分かれたため、同じ地名が並立したという。読み方が違う理由は諸説あるが、はっきりしたものはない。一つの地名に濁音の有無で複数の読みがある例は全国に多数あり、「江古田」が珍しいわけでもない。ただ、なくなった方の読みが優勢だと感じるのはなぜだろう。駅が原因だ。「次はえこだ。えこだに止まりまーす」。1年365日、休むことなく列車で、ホームで、駅名の連呼が行われ、利用者にすり込まれる。例えば、「都立大学」「学芸大学」など、すでに周辺になくなってしまった施設名が駅名でも変更することは少ないようだ。町名よりもなじみがあるからだ。
ところで、中野区には都営地下鉄大江戸線の新江古田(しんえごた)駅がある。当然、駅名の連呼も行われている。ただ、1997年開業で、23年から現在の名称となった江古田駅とは歴史の長さが違う。さらに、江古田駅周辺には三つの大学があり、学生や卒業生、関係者などが無数の「えこだ」を各地で繰り返す。その相乗効果は時間がたてばたつほど大きくなるだろう。
あすは統一地方選後半戦の投開票日。選挙カーによる候補者の名前の連呼に閉口している人も多いだろう。「名前より政策を語れ」と言いたくもなる。だが、名前を覚えてもらうには連呼は、確実な効果がある。後輩の中野区議は「有権者は最後に会った人に投票する」が口癖。投票日直前に不特定多数の人が集まる場所で、自分の名前を連呼する。選挙演説で駅前広場がよく使われるのには道理がある。その時間だけでも駅名よりも強い印象を多くの人に与えられ、政策よりも名前が頭に残るからだ。
【内田達也】