「たかねの花」という言葉があります。この「たかね」は紙面では「高根」としています。ですが「高嶺」の誤りでは、というご質問をよくいただきます。
「高根の花」という表記は、日本新聞協会の新聞用語集でもそう取り決めています。新聞用語集は、新聞だけでなく通信社や放送局も含めた用語懇談会という組織で合意されたものですから、かなりの数の報道機関が「高根の花」としているはずです。ではなぜ「高嶺」ではなく「高根」としているかを、簡単に説明いたしましょう。
7月24日夕刊(東京本社版)から |
辞書を引いてみますと、多くの辞書が「高嶺・高根」の両方の表記を挙げています。古来、両様の表記があり、常用漢字表内の漢字で表記するという条件を満たす「根」の方に統一して使用することにしているわけです。一義的には「嶺」の字が常用漢字表にないため「高根」としているわけですが、辞書に両様あることが示す通り、無理に「根」の字を当てて作ったわけではありません。
広辞苑から |
現代では山の頂を表す「みね」という言葉に「嶺」「峰」を当てることが多くなりました。「高いみね」を意味する「たかね」の表記は「高嶺」以外にあまり思い浮かばない方が多いと思います。しかし、「みね」にはやや古い和語の「ね」という言い方があり、「たかね」の「ね」はこの「ね」です。
「ね」を辞書で引いてみますと「ね【峰・嶺・根】みね。山のいただき」(広辞苑)のような記述があります。「嶺」も「根」も同じ「みね」の意味で使われていたことを示すもので、「尾根」のような語も「根」が同様の意味で使われている言葉の一つだと思われます。
古い辞書、例えば1889(明治22)年から1891(明治24)年にかけて出版された「言海」は、「たかね」の項に「高根」の表記しかとっていません。また「言海」の「ね」の項には「嶺峰」というふうに、二つの表記を挙げた後、「の上、ノ約ナラム、常ニ根ト書ス」とあります。「『の上』を縮めて音韻の変化したものだろう。普通、『根』と書く」というような意味です。
読者の方々の語感が、徐々に変化してきていることは事実だと思います。明らかに「高根」が死語になり、違和感がひどく大きくなるような事態であれば変更や工夫が必要になるでしょう。しかし、辞書の記述などを見る限り、今のところ、そこまで古くなっているようにも思えません。まだ十分通用する表記であり、むしろ古くからの書き方を大切にしてもいいのかな、とも考えています。
【松居秀記】