「犯罪を犯す」という書き方についてうかがいました。
目次
容認派が半数近く
「犯罪を犯す」という書き方、どうしましょう? |
「犯」がダブるので「罪を犯す」にすべきだ 49.5% |
「犯」がダブるので「犯罪をする」にすべきだ 5.1% |
「歌を歌う」と同じで問題ない 45.5% |
「『犯』がダブるので『罪を犯す』にすべきだ」と「『歌を歌う』と同じで問題ない」でほぼ二分という結果になりました。思ったよりも容認派が多かったという印象です。
言い換えがしにくい、という事情があるのかもしれません。
「犯罪をする」とはあまり聞かないし、「罪を犯す」はなんかちょっと違う気がする――と思った人が多かったのではないでしょうか。もっとも、「犯罪を行う」などと選択肢を増やしておけば「問題ない」の率は多少減ったかもしれません。
用語集から消えた規定
1992年に出た毎日新聞用語集では「犯罪を犯す→罪を犯す」と直すことになっていました。この規定は、次の96年版でなくなっています。やはり「罪を犯す」と「犯罪を犯す」は微妙に違うという意識があり、機械的に直すことに抵抗があったのでしょう。
とはいえ、用語集上でなくなったというのは「どんどん使いなさい」ということではありません。最近も、記者から「犯罪を犯す」は使っていいのか、「罪を犯す」と直していいのかと相談されました。「犯罪を犯す」「罪を犯す」ともに、使用へのためらいが感じられました。
そもそも「罪」と「犯罪」はどう違うのでしょう。「罪」を新潮現代国語辞典2版はまず「してはならない行為・行動」と定義します。そのうえで「犯罪」「悪い行為に対する責任」などの細かい意味を加えた上で「牢屋(ろうや)にいれられる事だけが罪じゃないんだ」という太宰治「人間失格」の例を挙げます。罪の方が犯罪より広い概念と理解できます。
明鏡の重言分類で「適切」
では「犯罪を犯す」でいいのか。明鏡国語辞典3版はコラム「重言のいろいろ」で、豊富な具体例を分類しています。一部例を割愛した上で引用します。
1 言葉を重ねて使う意味がない、表現が冗長になるなど、一般的に不適切とされるもの
あとで後悔する、一月元旦、今の現状、炎天下の下、元旦の朝、花が開花する、まだ未定2 意味が明確になる、強調される、新しい意味が加わる、そもそも意味の重なりでないなど、適当な理由があって「不適切な重言」でないもの
一番最初、今現在、違和感を感じる、かねてから、過半数を超える、従来から、製薬メーカー、第一回目、注目が集まる、排気ガス3 「~ヲ」に〈動作・作用の結果に生じたもの〉がくる、結果目的語の適切な用法であるもの
遺産を遺(のこ)す、歌を歌う、建物を建てる、彫像を彫る、伝言を伝える、犯罪を犯す、被害を被る
つまり「犯罪を犯す」は「適切」という立場です。実際、明鏡は「犯罪」の項にも「犯罪を犯す」という用例を示しています。ちなみに「犯罪」の語釈は「法律によって刑罰に科せられる行為」。ということは「犯罪を行う」という言い換えも、「行為を行う」という重言含みといえなくもないわけで、重言をあげつらえば切りがなくなるようです。
「ノーベル賞受賞」は違和感ない
「その一言が余計です。――日本語の『正しさ』を問う」(山田敏弘著、ちくま新書)には「さまざまな重言」という項があります。「犯罪を犯す」はありませんが、次のリストが示されていますので不適切と思われるか考えてみてください
①馬から落馬する。
②足の骨を骨折する。
③彼の言ったことに違和感を感じた。
④山中教授がノーベル賞を受賞した。
⑤まず最初に、…。また、次に、…。そして、最後に、…。
⑥自動車から排出される排気ガス量を測定する。
⑦子どもたちが、小学校から下校する。
著者の山田さんは「答え」を示しません。その代わりにこう記します。「『違和感』と『感じる』には、同じ発音の同じ漢字が使われていますから、奇異に感じる人も少なくないでしょう」。実際、この「毎日ことば」のアンケートでも以前「違和感を感じる」について、「違和感なし」とした回答は16%にすぎませんでした。
山田さんは続けます。「しかし、これとて、最近さまざまな『ことば咎(とが)め』の類書に書いてあったから変だと思っているにすぎないのではないでしょうか。なぜならば、同じように『賞』を二回含む④に、違和感を持つなどということは稀(まれ)だからです」「ここから、同じ読みの漢字だからだめということではなく、気にしているからだめということがわかります」
確かに、日本語の「正しさ」からではなく「だめという人がいる」から直すという場合は少なくない気がします。
ことば咎め――「人間失格」ではありませんが、「日本語失格」という摘発に対し「罪なりや?」という疑問が示されているように思います。
字のダブり自体よりも気をつけるべきこと
新聞の場合、「スペースが限られるから、なくても済む語は省く」ということが重言を避ける理屈づけとされることが多いようです。ただその根拠も、ウェブ向けの記事が大量になってきた現在では揺らいでいるといえるかもしれません。
しかし、字数制限が緩やかになっても冗長な文章は避けるべきだというのは不動の心得でしょう。問題は、何が冗長かです。単に「ダブりだから」「だめという人がいるから」――ではなく、「通じやすいか」「不自然でないか」を軸に判断すべきだと思います。
「字のダブりが気になるなら『犯罪をおかす』と一方を仮名にすればいい」という意見もあります。確かに「抱きかかえる」「日にち」など、ダブり感をなくす対処が好まれる語は少なくありませんが、「おかす」の仮名表記は一般的ではないと個人的には思います。
さて、ある原稿で「犯罪を犯した疑い」という文言について聞かれた際、「決して間違いではありませんが、『犯罪の疑い』でいいのでは」と答え、その通りに直りました。許容範囲の重言なのかもしれませんが、対処のしようが全くないわけではないのです。
(2022年11月17日)
「犯罪を犯す」という書き方は重言なので避けるべきだと意見があります。では「罪を犯す」と直すべきなのでしょうか、それとも「犯罪をする」か。▲一方で「歌を歌う」と同じで問題ないとする立場もあります。例えば明鏡国語辞典3版では「じゅうげん」の項の後に「重言のいろいろ」というコラムがあり、「犯罪を犯す」は適切な用法としています。▲そんなこともあり、毎日新聞では今は「犯罪を犯す」を排除はしていないのですが、見た目がいかにもダブりなので、皆さんの反応が気になるところです。いかがでしょうか。
(2022年10月31日)