読めますか? テーマは〈百人一首より〉です。
目次
閨のひま
ねやのひま
(正解率 75%)「夜もすがらもの思ふころはあけやらで閨のひまさへつれなかりけり」(俊恵法師)。閨は寝室、「ひま」はここでは隙間(すきま)のこと。
(2016年01月04日)
選択肢と回答割合
たまのひま | 4% |
ねやのひま | 75% |
うるうのひま | 21% |
我が立つ杣に
わがたつそまに
(正解率 70%)「おほけなく憂き世の民におほふかな我が立つ杣にすみぞめの袖」(前大僧正慈円)。杣は木材を取る山のことだが、ここでは比叡山をさす。「おほけなく」は身分不相応という意味。
(2016年01月05日)
選択肢と回答割合
わがたつとまに | 19% |
わがたつそまに | 70% |
わがたつやまに | 11% |
百敷や
ももしきや
(正解率 80%)「百敷やふるき軒ばのしのぶにもなほあまりある昔なりけり」(順徳院)。百敷は宮中を指すが、昔を懐かしむ気持ちは誰も同じだ。
(2016年01月06日)
選択肢と回答割合
ひゃくしきや | 6% |
ももしきや | 80% |
ももしくや | 14% |
夜半の月かな
よわのつきかな
(正解率 66%)「めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな」(紫式部)。「心にもあらで憂き世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな」(三条院)。「よわ」は旧仮名で「よは」。夜を意味し「半」は当て字という。
(2016年01月07日)
選択肢と回答割合
よわのつきかな | 66% |
やわのつきかな | 14% |
やはんのつきかな | 20% |
わが庵は
わがいおは
(正解率 62%)「わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり」(喜撰法師)。いお(旧仮名「いほ」)は「いおり」の古語で、仮の住まいのこと。たつみは南東の方角。
(2016年01月08日)
選択肢と回答割合
わがあんは | 8% |
わがいおりは | 30% |
わがいおは | 62% |
◇結果とテーマの解説
ちょうど受験シーズンでもあるし、受験生でなくても昔習った古文の授業を思い出す人も多いかもしれません。
「閨」は俊恵(しゅんえ)法師「夜もすがらもの思ふころはあけやらで閨のひまさへつれなかりけり」より。僧侶が女性に仮託した歌だそうです。閨は寝屋とも書き、音読みはケイ。「閨房(けいぼう)」という熟語はちょっとなまめかしいと思う人もいるのではないでしょうか。誤りの選択肢の一つ「閏」と似た字です。果たして20%以上の誤答がありました。なお、今年はうるう年で漢字では「閏年」と書きます。
「杣」は「おほけなく憂き世の民におほふかな我が立つ杣にすみぞめの袖」(前大僧正慈円)から。杣は「きこり」「山から切り出された材木」などの意味がありますが、ここでは比叡山のこと。「百人一首夕話」(岩波文庫)によると、伝教大師最澄の歌の「我が立つ杣に冥加あらせ給へ」から来た意味だそうです。
「百人一首の散歩」(江口孝夫著、日中出版)にはこうあります。
『百人一首』の中でも異色の歌である。多くの恋歌や四季の歌の中で、この一首だけは、仏法で万民を救済しようとする者としての、大きな責任を述べたものだからである。
お坊さんが恋の歌ばかりでは不謹慎だと定家は考えたのでしょうか。
「百敷やふるき軒ばのしのぶにもなほあまりある昔なりけり」(順徳院)。同書によれば二十歳の時の歌だそうで、老人が昔を回顧しているものだとばかり思っていたらそうではありませんでした。順徳院はこの歌を詠んだ5年後に承久の乱に加わりましたが敗れ、公家の衰微と武家の隆盛があらわになります。そういう背景を知って読むと懐古趣味に収まらない心情がうかがえます。なお「百敷」は元々、多くの石や木で造ったことから「ももしきの」が宮や大宮にかかる枕ことばでしたが、独立して宮中や皇居を表すようになったとのことです。
「夜半の月かな」は2首あります。紫式部「めぐりあひて見しやそれともわかぬまに雲がくれにし夜半の月かな」と三条院「心にもあらで憂き世にながらへば恋しかるべき夜半の月かな」。前者は恋の歌だと思いきや、友人のことだそうで、「三省堂名歌名句辞典」によれば
この友人は式部の従姉妹であろうと推測されている。(中略)不本意ながら引き裂かれる友情への悲鳴にも似た執着を歌っている。
とあります。三条院はといえば、天皇でしたが病のため藤原道長によって退位させられました。同じく月をうたった道長の「この世をばわが世とぞ思ふ望月のかけたることもなしと思へば」と対比すれば、その悲哀がいや増します。
最後に「わが庵は都のたつみしかぞ住む世をうぢ山と人はいふなり」(喜撰法師)から。「しかぞ住む」というのは「三省堂名歌名句辞典」によれば古来解釈が定まらないそうで
人は憂きところと言うが自分は気楽に住んでいる、とする理解は語法的に無理な解釈
ということです。子供の頃たぶん誰もが思ったであろう「鹿」のことではなさそうですね。ただ「百人一首の散歩」によると、
茶と鹿で喜撰たびたび寝そびれる
という川柳があるそうなので、しゃれでしょうが鹿に見立てる読み方も昔からあったようです。
さて、今回の正解率は歌がどれほど知られているかによると思っていたのですが、最低が「わが庵は」とは、この歌が特に記憶に刻まれている出題者にとってはいささか意外でした。皆さんはどの歌の印象が強く残っていますか。