「疑う」という言葉の働きについて伺いました。
目次
7割は出題者と一致
「誠意が疑われる」「悪意が疑われる」――これは、どういうこと? |
誠意も悪意もなさそう 7.5% |
誠意はなさそう、悪意はありそう 68.5% |
誠意も悪意もありそう 9.9% |
誠意はありそう、悪意はなさそう 14.1% |
出題した当方としては「誠意はなさそう、悪意はありそう」と受け取るのが普通だろう、普通であってほしいと考えていたのですが、そのように理解した人がほぼ7割と大多数を占めました。まず一安心というところです。
「疑う」は「悪い方に推察する」
国語辞典による「疑う」の説明は大きく二つ。「①ありのままや言われたままを信じず、不審に思う。間違いではないかと思う。②物事を悪い方に推察する。あやしむ」(広辞苑7版)。①の例としては「常識を疑う」「わが目を疑う」のようなものが挙げられるでしょう。本来確かなはずのものであっても不確かに思えて、問い直すような心の働きです。
今回の質問に関わるのは②の方。例として広辞苑が挙げるのは「彼が犯人かと疑う」というものです。犯人かどうか確証はないが、犯人であるという方に考えが向かうのがこの場合の「疑う」。悪い事態を推測するので、「彼が犯人でないと疑う」という言い回しになることは、一般的にはありません。「誠意の存在を疑う」というなら、誠意がない方に心が傾き、「悪意の存在を疑う」というなら、悪意があるのではないかと推測する方に心が傾きます。
英語では「suspect」「doubt」に分離
ツイッターのコメントでは、英語では「疑う」が「suspect」と「doubt」に分かれることを指摘するものがありました。内容の善悪にかかわらず、文を肯定する方向に疑うのが「suspect」で、否定する方向に疑うのが「doubt」です。以下は最所フミ編著「英語類義語活用辞典」(ちくま学芸文庫)から。
同じく疑いの念を表わすのでも、この2つは用法を全く異にする。(中略)
Who do you think killed her? (彼女を殺したのはだれだと思いますか?)という質問に対し①I suspect he did. と言えば、I think he killed her. (彼が殺したのだと思う)ということになり、②I doubt he did it. と言えば、I don’t believe he killed her. (彼がやったとは思わない)ということになるのである。
日本語では上記のような場合に「彼がやったと疑われる」と言ったら、「彼が殺したと考えられる」ということになります。今回の例に即せば、「I suspect he is malicious」と言ったら「彼には悪意があると疑う」ということになり、「I doubt his sincerity」と言ったら「彼の誠意がないと思う=彼の誠意を疑う」ということになるでしょう。日本語の「疑い」は常にクロの方向へ。肯定と否定で用語をはっきり使い分ける英語はロジカルで分かりやすいですが、日本語も別の形で分かりやすいと思います。
読者に頼りすぎないように
疑われる対象が場合によって「ある」「なし」でばらつくことが理解の妨げにならないか気になって伺った問いでしたが、アンケートの結果からはさほど問題は感じられませんでした。ただし、「疑う」は新聞では殊の外よく使われる言葉です。読者の読み取りの確かさに甘えず、日ごろからよく意味を押さえて使うべき言葉であることは疑いないでしょう。
(2019年02月26日)
文部科学省は「行政の公正さが疑われる事態を招いた」として、関係者の処分を検討した――というのは昨年の文科省汚職絡みの記事で出たくだり。「公正さが疑われる」というのは、公正さの欠如が考えられる、公正でないと推測されるということです。
一方で「虐待が疑われるとして市のリストに載った」という場合。これは痛ましいことですが、虐待されていたと考えられるということ。虐待があったと推測されるという意味になります。
これらを見ると、どうも「疑う」という言葉は「無し」だったり「あり」だったりしてしまうのですが、ルールはあります。国語辞典の語釈を引くと「①得られた結果・結論が正しくないのではないかと思う。②その人が悪いことをしたのではないかと思う。③はっきりしないことについて、よくない方に、否定的に考える」(大辞林3版)。要するに、常に悪い方へ思いなすのが「疑う」ということです。
よって、誠意は「無さそう」、悪意は「ありそう」と思うのが、「疑う」という心の動きです。と、すんなり受け取ってもらえるとよいのですが、そうでない意見が多かったらどうしましょう。使い方に要注意となるかもしれませんが、いかが相成りますか。
(2019年02月07日)