「課題を懸命に取り組む」という場合の「を」の使い方は変と思うかどうか尋ねました。
昨年12月の中居正広さんのメッセージに「今向き合わなければならないことを真摯(しんし)に、懸命に取り組んでおります」とあり、「を」の使い方が気になったためです。個人名を出してしまいましたが、特定の個人の国語力を問題視するつもりは毛頭ないことをおことわりしておきます。
目次
ほとんどが「~を取り組む」は変と見なす
課題「を」懸命に取り組む――変ですか? |
変。「課題に……」とすべきだ 82.4% |
変。「課題と……」とすべきだ 3.5% |
「課題を……」と言うこともある 14.1% |
結果は「変。『課題に……』とすべきだ」が8割を超えました。「課題に懸命に」と「に」が続くことになりますが、それを気にする人はあまりいなかったようです。
「『課題を……』と言うこともある」が「変。『課題と……』とすべきだ」に比べるとだいぶ多かったのは想定外でした。「課題を取り組む」という言い方に違和感を抱かない人が一定程度いることになります。
自動詞「取り組む」は「を」から続かない
三省堂から出ている「てにをは辞典」で「取り組む」を調べると、前に付く言葉の例がたくさん挙げられていますが、助詞「を」の付いた例はありません。
毎日新聞データベースで東京本社発行分の件数を調べると
に取り組 60695
と取り組 1569
を取り組 19
と、「に」がふさわしいことは数字の上からも明確です。ちなみに、選択肢にはない「へ取り組」は94件でした。
文法という言葉を持ち出すととたんに読み飛ばしたくなる方もおいでと思いますが、確認しましょう。文法上は「取り組む」は自動詞で、助詞「を」を伴いません。他動詞だと「本を読む」など、目的語として「○○を」が必要です。
学研現代標準国語辞典は中学生以上を対象にしているだけあって「自動詞」を引くと基本的な解説があります。
自動詞と他動詞を見分けるには、「…を」という目的語が必要かどうかを調べればよい。目的語が必要ならば他動詞、必要でないならば自動詞である。
ただし「道を歩く」などの例外も
しかし、その後に「を」の例外があります。
ただし、「…を」が通過点や出発点を表すときは、目的語とはいえない。
ここでは具体例がないのですが、「を」を使う例は「を」を引けば出ています。「学校を出る」「道を歩く」「五時をすぎた」
「出る」「歩く」「過ぎる」はいずれも自動詞ですが「を」が当たり前のように付いています。学研現代標準国語辞典によると「動作の出発点」「動作が行われる場所」「時間・期間」の場合に自動詞でも「を」を取るとされています。
確かに「学校を出る」「道を歩く」というとその出発点や経過であり「その後どこに?」と気になります。
その例に倣って「課題を取り組む」と言うこともあるとした立場になってみると、「まずはこの課題を取り組む」「今はこの課題を継続中」という意識があるのかもしれません。とすれば、その先に別の何かが想定されているともいえるのではないでしょうか。
中居さんの「を」の場合を深読みすると
さて、中居さんのメッセージ「今向き合わなければならないことを真摯(しんし)に、懸命に取り組んでおります」ですが、これは2024年12月末時点の文であり、この時中居さんはまだ芸能界を引退するつもりがなかったと推測されます。事実、今年1月9日のホームページで「示談が成立したことにより、今後の芸能活動についても支障なく続けられることになりました」と中居さんは記しています。
深読みすると「今向き合わなければならないことを」取り組むという「を」からは、その先の活動のことが無意識にあったと推測することができるかもしれません。
まあ邪推でしょう。中居さん自身はたぶんそんなことまで考えて「を」を使ったわけではないと出題者も思います。でも、「を」という助詞一つの使い方でそこまで臆測ができることそのものが、日本語の恐ろしさだなあと思わずにはいられません。
【追記】「てにをは辞典」に触れた中で「助詞はすべて『を』です」としていましたが「助詞『を』の付いた例はありません」の誤りでした。おわびして訂正します。
(2025年02月17日)
あるタレント(その後、芸能界引退)がトラブルを報道され「今向き合わなければならないことを真摯(しんし)に、懸命に取り組んでおります」とサイトに記したという記事がありました。
「ことを取り組む」という「を」の助詞は普通「に」となるべきだと思いました。ただしこの文で「に」にすると、「ことに真摯に、懸命に」と「に」が三つ続くことになります。それでも助詞としては「に」が正しそうですが「ことと取り組んで」としてもよいかもしれない、しかし若干ニュアンスが変わるだろうか?と思いは転がります。
そもそも「を取り組む」ではなぜ変だと思うのでしょう。「取り組む」は自動詞なので、「を」という目的語を取らないとされています。しかし「取る」は他動詞、「組む」は自動詞にも他動詞にもなります。だったら「課題を取り組む」でも悪くないのか? これはけっこう難題に取り組むことになるかも……と予感しつつ、皆さんの助詞の感覚をまずはお聞きしたいと思います。
(2025年02月03日)