「なし崩し」という言葉の使い方について伺いました。
本来は「少しずつ返す」だが7割が「うやむやにする」
借金を「なし崩しにする」といったら、どうすること? |
うやむやにする 70.5% |
少しずつ返していく 24.4% |
どちらの意味でも使う 5.1% |
回答からの解説でもお断りしたように、これは文化庁の2017年度「国語に関する世論調査」にあった設問を改変した問いです。同調査では一つ目の選択肢が「なかったことにすること」でしたが、65.6%が選んでいます。「少しずつ返していくこと」を選んだ人は19.5%。今回のアンケートの結果とあわせ考えるに、もしお金を貸した相手から「なし崩しにするから」と言われたなら、損をする覚悟を決めた方がよさそうです。
「なし崩し」は漢字に直せば「済し崩し」です。この場合の「済」の字は「借りたものを返す」(新潮日本語漢字辞典)こと。同辞典に挙げられている「返済・半済・皆済・完済」などの熟語を見ると分かりやすいかと思います。「崩す」は一般的に塊をバラバラにすることですから、大きな借財をバラバラにして返してゆくことが「なし崩し」の本来の用法です。転じて「物事を少しずつ片付けてゆくこと」(同)という意味でも使われます。
しかし、この「少しずつ」がいけないのか、「なし崩し」の意味も少しずつ変わってきています。大辞林3版には「物事を少しずつ片付けていくこと。転じて、正式な手続きを経ず、既成事実を少しずつ積み上げること」いう語釈が出ています。「正式な手続きを経ず」というところに、本来ならすべきことをしないという、例えば借金なら返済をごまかすようなニュアンスがにじんできます。
三省堂国語辞典の「なしくずし」の項目には、6版(2008年)から「ずるずると時間をかけてだめにすること。『言論の自由を―にするな』」という意味と用例が載せられています。「だめにする」というのが分かりやすい。確かに、少しずつ成績が上がることを「なし崩しに成績が上がった」などとは言わないようです。集英社国語辞典(3版)も「既成事実を積み重ね、物事をだめにすること」と「だめにする」を採用し、物事が良くない方へ動く時に使う言葉だと示しています。
毎日新聞での使われ方は例えばこんなものです。「採用指針の廃止は、なし崩し的に採用時期が前倒しとなり、学生生活を破壊してしまいかねない」――これは経団連が新卒採用のルールを廃止する方針を示したことに対する識者の言葉。ずるずると採用時期が前倒しされ、さらには学生生活の崩壊という良くない事態につながるということで、「なし崩し」は物事を「だめにする」方向に働きます。
「計画が始まる19年度から3年間の〔社会保障費の〕数値目標を見送った。これではなし崩し的に膨らみかねない」――18年の「骨太の方針」に関する社説。社会保障費がずるずると巨額になることが懸念されており、やはり「なし崩し」は良くない事態へ、「だめにする」方へと向かう場合に使われています。
このように「なし崩し」の使われ方が「だめにする」方向ばかりであってみれば、「借金をなし崩しにする」といっても「真面目にこつこつ返すこと」という考え方にならないのは無理のないことかもしれません。借金返済に「ずるずると時間をかけて」、返さないという「既成事実を積み重ねて」うやむやにしてしまうのが、今時の「なし崩し」なのでしょう。
本来の用法とは違う意味を答えた方が大多数だったことを考えあわせても、もし「借金をなし崩しにする」という言い回しを昔ながらの意味で使おうとするなら、「毎月△△円ずつなし崩しにする」などと具体的に話をしないといけないのかもしれません。誤解を避けるためには、むしろ「なし崩し」を使わない方がよさそう。本来の意味は心得ておくとしても、使い方としては現状を追認する方が問題は起きにくいでしょう。
(2018年11月13日)
2017年度の「国語に関する世論調査」にあった設問を改変した問いです。同調査では一つ目の選択肢が「なかったことにすること」でした。
「済(な)し崩し」の「済す」は「借りたものを返す」(広辞苑7版)こと。返済の「済」といえば分かりやすいでしょうか。借金を崩しながら返していく、つまり少しずつ返していくことが「なし崩し」です。転じて「物事を少しずつすましてゆくこと」(同)にも使われます。「うやむや」は「有耶無耶」、つまり「有るや無しや」ですから、物事がはっきりしないこと。「なし崩し」とストレートに結びつけるのは、語釈としてやや無理があるかもしれません。
ただ、「なし崩し」の「少しずつ」という部分を、いつの間にか物事が変化していく様子と捉えてか、「うやむやな形で」という意味で「なし崩し的に」と使われることは少なくありません。過去の新聞記事を見ても、「安倍政権になり防衛費は過去最大を更新し、『なし崩し』状態といっていい」「憲法に基づく専守防衛がなし崩しになる懸念がある」などと、「なし崩し」の意味をかなり拡張して使っているケースも散見されます。言葉の使い方も「なし崩し」的に変容していくのかもしれません。
(2018年10月25日)