言葉の世界は曖昧です。文脈の微妙な違いによって、女性は「きれい」になったり、「美しく」なったりする。曖昧さが苦手なコンピューターにはチンプンカンプンでしょう。一方、私が担当記者だったことのある将棋の世界は、コンピューターと親和性があります。「詰め将棋」を解く勝負なら、コンピューターが人間に圧勝します。
詰め将棋というのは、王手をかけ続けて、最後に王をどこにも動けない状態にするものです。仮に、最初の王手が3通り▽それぞれの王手に対する逃げ方が各3通り▽次の王手がまた各3通り……と分岐していくとしましょう。「9手詰め」の問題なら、3の9乗=1万9683通りのうち、正解は一つ。かなりアバウトな説明ですが、こんな感じのパズルだと思ってください。
コンピューターは「しらみつぶし」が得意技。何万通りの可能性があろうと、即座に正解を見つけ出します。一方、人間の武器は「省略」です。経験を積むにつれて、「こんな王手は論外。詰むはずがない」と分かってきますから、その先は考えなくていい(ただし、この中に正解が潜んでいる場合もあります)。こうして可能性を絞り込めるので、実際に考える手の数は、それほど多くありません。もちろん、コンピューターの速度にはかないませんが……。
毎日新聞は週1回、詰め将棋を掲載しています。万が一、出題図の駒が正しい位置からずれていたり、ある駒が抜けていたりしたら、「絶対詰まない将棋」になってしまいます。それは、まことに恐るべき事態です。
間違った出題図を見て、「詰まぬことは詰まぬものです」と会津人の口調で(?)断言できる人は、よほど強い人です。数学的には何万通りもの可能性すべてが詰まないことを証明しなければなりません。正解を見つけるより、ずっと難しいことなのです。
普通の人は「どこかに盲点があるのかな」とウンウンうなり続けるでしょう。泣く泣く諦め、解答欄を見て、出題図とつじつまが合わないことに気づいたら、怒髪天をつくに違いありません。
そんな事態を避けるには……。将棋担当だったとき、確認作業はコンピューター頼りでした。詰め将棋用ソフトを使えば、間違った駒の配置なら答えは出ませんし、合っていれば1秒未満で正解を出してきます。人間様としては、ちょっと情けない気分になるのですが……。
【中砂公治】
photo by chidrian