メールマガジンがきっかけとなり、明治安田生命さんから校閲についての講演の依頼をいただきました。新聞校閲のことしか言えませんが、企業の広報などの方のお役にも立てるのでしょうか。校閲センターが制作する動画になぞらえて「校閲力講座」と題してお話ししてきました。
毎日新聞校閲センターには、講演・講座の依頼が来ることがあります。これまでは、弊社関係のイベントや出版関係、大学のマスコミ系の講座くらいで、専門分野で活動する新聞記者たちほど機会は多くなかったと思います。
それが、校閲センターでサイトを運営し、動画の「校閲力講座」を制作して紹介し始めたため、一般の企業の広報の方たちからも校閲に興味を持ってもらえるようになったのかもしれません。経団連「経済広報センター」による企業の広報部門の方向けのオンライン講座を引き受けるまでになりました。
今夏、経済広報センターでの講座について「毎日ことばplus」会員向けのメールマガジンで紹介したところ、明治安田生命保険の方から講演依頼をいただきました。メールマガジンから話が広がって……というところにも、うれしく思いました。丁寧に講演内容や日程などの調整をしてくださって、10月29日午前、明治安田生命ビルに伺ってお話しすることになりました。
会場参加申し込みは80人余りだそうで、対面でこれだけ多くの方が……と緊張してしまいました。オンラインでも100人もの方が参加とのことで驚きます。
タイトルは動画のロゴを利用して「校閲力講座」(冒頭の画像が当日使用したスライドの1枚目です)。内容は……今後、同様に講座を開くことがあれば「ネタばれ」になるのでおおまかな話にとどめますが、このようなものでした。
まずは自己紹介、既にここにもネタがあり、仮名遣いや「生まれ」「出身」の違いについて話しました。こんなところも気にするのかと驚いたかもしれませんし、細かいこと言うなあと感じたかもしれません。自己紹介の中で共著の「校閲記者の目」という本も宣伝……いえ、この書名にあるように、校閲としての「目」の大切さを話しますと「宣言」。講演タイトルの副題も「伝えたいことを確かに伝える校閲の『目』とは」と目を強調しています。
さて、多くの方が参加してくださったのも、「校閲のコツ、誤りをなくすコツ」を期待してのことだと思うのですが、そのような便利なコツはありませんと話します。とはいえ「ありません」では身もふたもないので、
・「目を変えて」読む
・線を引きながら、ときには一文字一文字押さえながら読む
・「まさか間違えないだろう」などと思ってあげない
――など、心得のようなものをお話ししました。
そして、具体的な校閲作業として、無数にある変換ミスなどの「誤字を正す」▽読み手によってどう受け取られるかわからない「雨模様」などの誤りやすい表現▽「松阪桃季さん→○松坂桃李さん」といった人名をはじめとする固有名詞の誤り▽慎重に確かめなければならない「数字の誤り」▽「絞る・搾る」といった「漢字の書き分け」――など、さまざまな角度から紹介します。
更に、たとえ「誤り」でなかったとしても、だれかを傷つける表現になっていないかどうか気をつけたいという話もしました。また、昔は訃報の敬称を男性には「氏」、女性には「さん」としていたけれど、その「区別」は要るのか?ということで1999年から「さん」に統一していることなども紹介しました。
あらゆるところに校閲の「目」を働かせていることが伝わったでしょうか。
駆け足で説明した後、校閲の「体験」をしていただきました。
実際の紙面にわざと誤りを盛り込んでダミーの「ゲラ」(試し刷り)をつくり、参加の皆さんに「校閲」してもらうというものです。
こんな誤りがあった、こんな直しをしたと話を聞くだけでは、なかなか自分のこととして記憶に残すことはできません。一見、何も誤りのない紙面のゲラを目の前にして、自分で誤りを探すことによって、「意外と誤りがあること」そして「意外と見逃してしまうこと」を実感していただきたかったのです。
朝刊1面の三つの記事とコラム「余録」を計15分で読んでいただき、解説しました。
単に「読む」だけなら、5分とかからないでしょう。そこを丁寧に読み、照合したり計算してみたり表記に迷ったりしていれば時間がかかります。本来の校閲作業では「調べ」が必須ですが、今回は調べなくても「怪しい」と気づくような誤りだけ入れましたから15分に制限しました。
しかし、「いくつ直しがあるか教えてほしいと思いますが……教えてあげません」と言うと、ちょっとどよめきが。「なぜなら、実際の校閲作業では、どこにどれだけ誤りがあるのかわからないからです」と説明しました。よく「この中に7カ所間違いがあります」と「間違い探し」をするようなゲームもありますが、うらやましい。校閲では、誤りが一つもないこともありえますし、20カ所見つけて安心していたらもう1カ所あった……なんてこともあります。
では、解答と解説。ここでもネタばらしはしませんが、変換ミスや「助詞抜け」、異字同訓の書き分け、更に「日付」「単位」の誤りといった致命的なものも。また、見出しの内容が本文と食い違っていたり、書き方のせいで意味が逆になっていたり――。いずれも校閲記者からすれば「あるある」です。気づいてくれたでしょうか。
すべて気がついた方がいるかどうか尋ねましたが、いなかったようです。10カ所以上見つけられれば優秀……かもしれませんが、読者にとってはいくつ直されていようが関係のないこと。一つでも誤りを見逃して読者の目に触れてしまえば、読者は「こんなところが間違っているようでは、この新聞に書いてあることはすべて信用できないな」と思うに違いないのです。皆さん、真剣な表情になりました。
質問もいただきました。「片仮名表記の変更についての話があったが、どういうタイミングで変更するのか」。保険業界の用語でも最近は片仮名語が増えており、表記に迷うことがしばしばあるそうです。本紙では「毎日新聞用語集」に従っており、その改訂が一番よくあるタイミングであること、緊急性があれば別途周知して変更することもあることを説明しました。
うなずいたりメモをとったりして非常に熱心に聴いてくださったので、緊張していた筆者も楽しく話し、笑顔で終えることができました。明治安田生命のお客さま向けの資料作成などに少しでもお役に立てたら……と願っています。ありがとうございました。