「置いてきぼり」と「置いてけぼり」のどちらを使うか伺いました。
目次
「置いてけ」が4分の3に迫る
ひとりポツンと置き去りに……どう表現しますか? |
置いてきぼり 27.4% |
置いてけぼり 72.6% |
置き去りにされることを表す言葉。「置いてきぼり」か「置いてけぼり」かを問うたところ、4分の3近くの人が「置いてけぼり」を選びました。
江戸の怪談が由来か
「置いてけぼり」の由来と言われるのは次の伝説に基づきます。江戸時代の本所七不思議の一つとされていて、その七つをそれぞれしっとりとした短編に移し替えた宮部みゆきさんの「本所深川ふしぎ草紙」(新潮文庫)から引用しましょう。
夕暮れもすぎたころ、本所の錦糸堀(きんしぼり)あたりを、大漁に上機嫌になった釣人(つりびと)が通りかかると、どこからともなく、
「置いていけ……置いていけ」という声が呼びかけてくる。
そら耳だろう、と通りすぎても、声はどこまでも追いかけてくる。さすがに気味が悪くなって小走りに家に戻り、ふと見ると魚籠(びく)は空っぽになっていた――という話だ。
この怪談を宮部さんがどう料理したかは作品を読んでいただくとして、一般語としての「置いてけぼり」はここからきているという説が有力です。だとすると「置いてきぼり」ではなく「置いてけぼり」が正しいといえますが、ことはそう単純ではありません。
「堀」とは別の説も
この言葉の成り立ちは「置いて+来(き)+放(ほう)り」の略という説もあるのです。明治中期の1892~93年に刊行された「日本大辞書」(山田美妙編)はこの立場で「おいてきぼり」の形で載せるなど、明治の辞書では「おいてけぼり」はそれこそ置いてけぼり状態だったようです。文化庁「言葉に関する問答集・総集編」から引用しましょう。
これらのことから考えると、「おいてきぼり」と「おいてけぼり」とは、別語であり、「置き去り」にすることは、「おいてきぼり」であり、「おいてけぼり」は、やはり、地名とみるのが本来の姿と思われるが、発音がよく似ているところから、そして、「おいてけぼり」の地名が、現在は、もうなくなってしまっているところから、「おいてきぼり」・「おいてけぼり」を、区別しないで、置き去りの意に用いるようになっているのではあるまいか。なお、「おいてけぼり」にならって「おいてきぼり」という言葉ができたとも考えられる。
最後の一文で「は? 結局どっちが先?」と置き去りにされたような気分になりますよね。この論争は「卵が先か鶏が先か」と同じく堂々巡りになりそうなので、今はどちらが主流かを聞きたくなったのです。
「置いてけ」+「堀」は不自然で変化?
NHKでも気になっていたようで、放送文化研究所で2017年にアンケートを取っていました。やはり「おいてけぼり」が多く、若い人ほどその傾向が強いというグラフも出ています。解説の筆者はこの「毎日ことば」でも寄稿してくださった塩田雄大さんです。
「おいてきぼり」? 「おいてけぼり」?
そもそも、「おいてきぼり」という形が新たに生まれてきたのは、「複合語の中に動詞を用いるときには、連用形が基本」という傾向によるものです。どういうことかと言うと、たとえば「飲み放題」「触り心地」「寝正月」という複合語での「飲み・触り・寝(ね)」は、「飲む・触る・寝る」という動詞の連用形です。一方「おいてけぼり」の「置いてけ」は、「置いて行く」の命令形で、複合語の一要素としては例外的なものです。「置いて行く」の連用形は「置いて行き(→置いてき)」であり、こちらのほうが複合語中の形としてすわりがいいと感じられたことで「おいてきぼり」という形が生まれたのでしょう。
なるほど。さらに、浅学を顧みず全くの私見を加えると、「置いてき」などの連用形は命令形と同じ機能を持っている(主に「置いてきな」「ほっときな」と「な」を加えることによってですが)ことも、異なる形が共存する一因になったのではないでしょうか。
理由はよくわかりませんが、今は「置いてけぼり」を使う人が優勢ということは間違いないでしょう。ちなみに若くない出題者は「置いてきぼり」と言っていました。面白い語源説は後にこじつけとされることも多く、本当かなあという思いもあります。
伝説の地に行ってみました
ところで、置いてけ堀伝説はいつごろからあるのでしょう。候補地の一つ、東京・錦糸町の「おいてけ堀跡」(江東区登録史跡)を訪ねると、石碑の脇に詳しい説明板がありました。
ちなみに、そこから歩いて10分くらいの所には、「置いてけ」と言って魚を奪うのはカッパの仕業といういわれに基づくカッパの像もありました。
伝承が18世紀に江戸で成立したのであれば、全く時代も場所も異なる、例えば平安時代の京都あたりの文献で「おいてきぼり」という用例がある程度見つかれば、怪談由来説も覆ることになります。でも、一校閲者がそれを探るのは荷が重すぎます。興味ある方の語源探索に期待したいと思います。
(2023年08月17日)
引退した職場の先輩は「置いてきぼり」という言葉を見ると必ず「置いてけぼり」に直していました。これは内規によるものではなく、由来説に基づきます。▲江戸時代の伝説で、本所七不思議の一つにこうあります。釣りをした人が墨田区にあったとされる堀から「置いてけ、置いてけ」という声を聞き、釣った魚がいつの間にか無くなったとか。ここから来た言葉なので「置いてけぼり(堀)」でなくてはならないという立場です。▲しかしその由来説を知ってか知らでか、毎日新聞での「置(平仮名を含む)いてけぼり」と「置(お)いてきぼり」の使用例は東京本社に限ればほぼ半々です。そもそもこの由来説とは別の語として「置いてきぼり」があるという見解もあります。皆さんはどちらを使っていますか。
(2023年08月03日)