「補助員さん! ホーガンして!」。毎日新聞の校閲で仕事をすれば、おそらく毎日何度も口にする言葉です。皆さんは何を頼んでいるところかわかりますか。東京本社の校閲の新人さんのために職場で使われている職業用語をまとめた「校閲用語の基礎知識」によるとこの言葉、「ファクスで大阪、西部に直しなどを送ること」なのだそうです。アルバイトの補助員にホーガンを頼めば、ファクスを大阪本社や西部本社に送ってくれるというわけです。しかしなぜ「ホーガン」と言うのか、「基礎知識」を読んでも疑問が解けなかった新人時代の私は、暇を見つけては調べていました。そして入社6年目の昨年に入り、ついにインターネット検索でそれらしきものがヒットしました。「ホーガン」は東京都武蔵野市のNTT技術史料館にあるらしい――。はやる気持ちを抑え見学させていただきました。
初めて見る「ホーガン」は高さが1メートルほどの大きなファクスでした(写真)。正式名称はFX-51A型模写電送装置。1953年に時事通信社とNECが共同で完成させた、ニュース速報用のホーガン式の機種です。製造番号は5号と大変な年代物です。NTT技術史料館によると、ホーガン式とはファクスが受信した情報を紙に記録する技術の一つで「電解記録紙」と呼ばれるタイプのものといいます。48年ごろ、米電気工学者ジョン・ホーガン氏のホーガン研究所でこの記録紙が開発され、その後日本でもライセンス生産されました。現在は使われていないようです。
毎日新聞社の社史「『毎日』の3世紀」によると、毎日新聞社でホーガン式のファクスが本社間の原稿の送受信に導入されたのは60年。社内でファクスが普及したのはこのホーガン式が最初のようです。「用紙を回転ドラムに巻き付けて電話回線を通じて送信した。ただ、1枚の送信に2、3分かかった」と書かれています。ホーガン式のファクスで原稿をやりとりした当時の毎日新聞社員は、ファクスのことを「ホーガン」と呼ぶようになり、ホーガン式ファクスが使われなくなった後も「ホーガン」の言葉だけが残りました。
史料館担当者は「コピー機を使うことをゼロックスするというのと似ていますね」とおっしゃっていました。「ホーガン」も「ゼロックス」と同様に毎日新聞社内で一般名詞化してしまったようです。毎日新聞の用語集では「ゼロックス」は商標なので「複写機、コピー機」と言い換えていますが、最近はあまり聞くこともない懐かしい言葉になっているのではないでしょうか。「ホーガン」は毎日新聞ではまだまだ現役です。
【渡辺みなみ】