敬語を重ねる言い回しについて伺いました。
目次
二重敬語に厳しい人多し
「お亡くなりになられた方々」――この言い方、どう感じますか? |
問題ない 13.1% |
敬語が過剰。「お亡くなりになった方々」「亡くなられた方々」としたい 85.6% |
敬意の強い表現で、むしろ好ましい 1.3% |
「お亡くなりになられた方々」のような、敬語を重ねる言い回しについて、「問題ない」と感じる人は1割台にとどまり、実に8割超の人が直したいと回答しました。校閲のツイッターを見るような人は二重敬語に厳しい人が多いのか、と感じましたが、このように好感を得られない言い回しが、なぜ首相の所信表明演説のような文書で現れるのでしょうか。
「適切ではないとされる」
「お亡くなりになられる」は、「亡くなる」という動詞を敬語化するにあって、尊敬の助動詞「れる」を付けるだけでなく、「お~になる」という尊敬表現を重ねて付けたため、敬語が過剰になったものです。通常は「亡くなられる」ないし「お亡くなりになる」で十分。また「亡くなる」については、「死ぬ」の尊敬語としている本も見かけますが、一般には尊敬語ではなく婉曲(えんきょく)表現だと考えられます。「死ぬ」という直接的な表現を避けることで言葉の当たりを柔らかくするものです。
二重敬語について、文化審議会の答申「敬語の指針」(2007年)は次のように記します。
一つの語について,同じ種類の敬語を二重に使ったものを「二重敬語」という。例えば,「お読みになられる」は,「読む」を「お読みになる」と尊敬語にした上で,更に尊敬語の「……れる」を加えたもので,二重敬語である。「二重敬語」は,一般に適切ではないとされている。
二重敬語は誤った言葉遣いだ、とは言いません。「一般に適切ではないとされている」という言い方で、おすすめはしないという感じです。
過剰になってゆく敬語
専門家は二重敬語をどう見るか。菊地康人さんの「敬語」(講談社学術文庫、1997年)は、やはり使うのを避けるように促します。
たとえば「読む」の尊敬語化として(‘中略)「お読まれになる」とか「お読みになられる」と言うとすれば、このようなものが典型的な二重敬語である。現代語では、二重敬語は誤りか、不自然な過剰敬語という印象を与えることが多く、この両形も使わない方が無難である。
ただし、特に「お読みになられる」については「敬語に慣れた人は使わないことが多い」としつつも、「敬度が高いという印象を持つ向きもある」とも述べており、このような言い方が使われる背景の存在を示唆しています。
井上史雄さんの「新・敬語論」(NHK出版新書、2017年)では、二重敬語が多用されるようになったのは、敬語が「使っているうちに効果が薄れ、同じ語形の敬意の度合が下がる現象、『敬意低減の法則』によって生じた」とされます。同じ敬語を使っていても、時がたつにつれてだんだん、敬意表現として物足りなくなってくるということです。これは尊敬語だけではなく、「お前」のような言い方が目上相手のものから目下相手へと移っていくような場合にも当てはまります。
井上さんは二重敬語について「結論を言うと、使わない方がいい。しかし使っている人がいたら、善意に解釈して、温かく受け止めよう」と言います。自分で使うのは避けたいが、他人が使っているとしても、一生懸命に敬意を込めてコミュニケーションを取ろうとしているのだから、目くじらを立てる必要はないということのようです。
やはり使わないようにしたい
出題者の感覚としても、自分で書く際に二重敬語を使うことは控えたいと思いますが、口頭表現で使われることについては「そういう言い方になることもあるだろうなあ」という程度かもしれません。何より出題者自身、話す場面で的確に敬語を使えるという自信はありません。
しかし首相の所信表明演説のような、しっかりしたスピーチライターがいるはずで、なおかつ複数人が目を通すはずの文書においても二重敬語が出てくるというのはどうしたことでしょうか。回答から見られる解説でも書きましたが、10月の岸田首相の演説では、もう一度「お亡くなりに~」というフレーズが出てくるのですが、そこでは「お亡くなりになる」としています(もっとも、各部分で草稿を書いたライターが別だということはあり得ますが)。
上で見た研究者の見解に沿えば、通常の尊敬表現では敬意に物足りなさを感じたために「お亡くなりになられた方々」という形になったと理解できます。もしかすると、言及の対象が災害で亡くなった多数の人であるため、通常の尊敬語では敬意が間に合わないと感じたのかもしれません。たしかに敬意を伝えたいという姿勢は伝わらないでもないですが、このような使い方は敬語のインフレを招き、冗長な表現を生みかねないものです。首相の演説にふさわしいかといえば、どうでしょうか。
アンケートの結果でも8割以上が「過剰」と見なし、「好ましい」とした人はわずか1%程度だったことから見て、やはり二重敬語は使用を避けるに越したことはありません。例えばスピーチの原稿を書く場合などには、気をつけてチェックすることをおすすめします。
(2022年11月03日)
先ごろ開会した臨時国会。冒頭にあった岸田文雄首相の所信表明演説で「(災害で)お亡くなりになられた方々に、哀悼の意を表する」とした部分が目を引きました。「お亡くなりになられる」は二重敬語で、通常は「お亡くなりになる」または「亡くなられる」が適切とされるものです。▲しかし、この演説の草稿の書き手や、事前に原稿を確認したであろう首相が、この言い回しについてうっかりしたために過剰な敬語を使ったと考えるのはちょっと待った方がよいかもしれません。演説ではもう一度、「お亡くなりに……」というフレーズが出てくるのですが、そちらは「お亡くなりになる」が使われています。▲もしかすると「お亡くなりになられる」も意図あっての表現かもしれません。例えばこう表現した方が敬意が強くなり、改まった言い回しに感じられるといったような……。実際のところ皆さんがどう感じるのか伺ってみたくなりました。いかがでしょうか。
(2022年10月17日)