4年前、ある雑誌の取材依頼文を見て「無理だ」と思ってしまいました。その特集企画が「ちゃんとした文章の書き方」というものだったからです。
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雑誌の依頼に「無理……」
校閲の仕事は他人の書いたものをさまざまにチェックして、誤字脱字や事実関係の誤りを直したり、文章のつながりにくいところや分かりにくいところを修正したりします。「ちゃんとした文章」を目指していますが、あくまで新聞記事としてですし、自ら書くのではなく、だれかが文章を書いてくれなければ校閲の仕事はありません。校閲記者にも文章を書くことが好きな人はいます。しかし、校閲として他人の文を整えることと、自分で文を書くこととの差は大きいのです。
また、依頼内容には「ことばの正しさ」について語るということもありました。これについても、あくまで新聞記事として適切か否かという判断基準があるから校閲は「直す」ことができているのであって、ことばを「正しく」しているとは限りません。
この雑誌の方と相談して、新聞校閲の上で決めていること、どんなことばで迷うかといった話を載せることになりました。
「辞書編集者、校閲記者に聞く、生きた言葉のおもしろさ。」というタイトルがつき、「広辞苑」の編集者へのインタビューとセットで載りました。
当初「ことばの正誤クイズ」の想定だったコーナーは、こちらの意向を酌んで「質問」と「回答」の形になりました。例えば、「1昨年」「第二次世界大戦」「7つ道具」という表記を示して「数字の書き方に違和感はありますか」と「質問」します。それに対して、毎日新聞としてはいずれも漢数字を使っていると「回答」し、本文で、なぜ漢数字を使うことにしたのか説明しました。校閲記者が日々ことばに迷いながら取り組んでいることが伝えられたのではないかと思います。
とはいえ、文章を書きたくて、この特集を読んだ方のお役に立ったかどうかは、全く自信がありません。
新聞用語のベテランが書く「文章がうまくなることば術」
なぜ今ごろこんなことを思い出したかといいますと、「文章がフツーにうまくなるとっておきのことば術」(大修館書店)という本を手にしたからです。著者は、読売新聞で長く用字用語を担当し、文化審議会国語分科会の委員も務めた関根健一さん。筆者(平山)も参加する日本新聞協会用語懇談会で、関根さんは以前から重鎮とも呼べる存在であり、現在は同協会用語専門委員です。用語懇談会の話し合いの中で用語を一本化しにくい場合にも、各社が困らないような書き方を模索してくださいます。
日本語一般や敬語に関する著書もあり、ことばに精通している関根さんが、ことばや文章についてどんな話を書いているだろうと期待しながら読みました。
「ことば術」にしろ「文章術」にしろ、ともするとお堅い「べからず集」のようにもなってしまいそうですが、この本はレッサーパンダがクマとトラに説明するという形式で、とっつきやすくなっています。テーマごとに最後にポイントがまとめられており、クイズ形式の「CHALLENGE」コーナーで理解度を試すこともできます。
まず、文章は「芸術性の高い文章」と「実用性の高い文章」とに分かれることを説明し、この本が「実用性の高い文章」について扱うと断っています。学生さんがリポートを書くような場合には役に立ちそうですが、小説や詩歌を書きたいといった目的の人には不向きだというわけです。新聞記事はもちろん実用性の高い文章に含まれます。
「実用」らしく早速レッスン1は「正確で分かりやすく」と題していますが、いきなり「正確さと、分かりやすさとは、なかなか相いれないんだな」とレッサーパンダが言いました。え?と思っていると、今度は落語形式で説明されます。ご隠居さんと八五郎さんのかけあいで、山岳遭難を例に取って「八ケ岳」はよく知られていて「分かりやすい」が、救助隊に説明するには八ケ岳連峰のうち「赤岳」なのか「阿弥陀岳」なのかそれとも……と「正確に」言わなければならないことが理解できます。
これを読んで思い出したのは、国語辞典の「百科的」語釈と「国語的」語釈の違いです。広辞苑の編集者が「砂」を例に挙げて話していたことがあります。広辞苑なら「細かい岩石の粒の集合。主に各種鉱物の粒子から成る。通常、径二ミリメートル以下、一六分の一ミリメートル以上の粒子をいう」と百科的に書かれます。「正確」かもしれないけれど、幼稚園で先生と園児が砂場で遊ぶときにはこうした情報は必要がなくて、例えば「非常に粒の細かい石(の集まり)」(岩波国語辞典)という説明の方が「分かりやすい」のです。
「正確で分かりやすく」が簡単ではないということがよく分かりました。
このように、当たり前のようでいて意外とことばで説明しにくいようなことを教えてくれます。「漢字の役目、仮名の働き」や「表記・記号のきまり」の項目でも、なぜ常用漢字が決められたのか、「そこに『マル』は必要か?」などなど。
変換ミスや異字同訓の書き分け、誤りやすい慣用句――と、読み進めると、校閲の日々の仕事が網羅されているように思い始めました。
最後に、「正確さ」「分かりやすさ」だけでなく、「配慮」も大切にしようと呼びかけています。だれかをおとしめていないか、ふさわしい表現ができているか――と優しく問いかけており、関根さんの人柄が表れているように感じました。
最後のレッスン14までクリアして、「コンセントは抜けない!?」(コンセントは差し込み口、差し込むものは「プラグ」、だから……?)といったコラムでことばについて考えを深めた人は、もしかしたら校閲に必要な基礎ができているかもしれません。
日本語のプロたちによる「文章チェック事典」
この楽しい「とっておきのことば術」を読んで、いい文章を書けるぞ書きたいぞ、もっと勉強したい!と思った方は、次に「日本語文章チェック事典」(東京堂出版)を開いてみてはいかがでしょう。
こちらは国立国語研究所の石黒圭教授をまとめ役に、日本語各分野のそうそうたる研究者18人が6章81項目を手分けして執筆したものです。難しい専門用語などは使わず丁寧に説明しており、例文を修正して「BEFORE」「AFTER」を見せているので違いを実感することができます。項目ごとの「まとめ」も理解を助けてくれるでしょう。
「とっておきのことば術」と違うのは、「実用性の高い文章」に限っていないところです。
「文体の基本的な考え方」や「気持ちを伝える多様な記号の使い方」、また、性差などにかかわる「偏った語感をもつ語の避け方」などの項目は、すべてのジャンル向きとしていますが、「意味が重なる表現の避け方」「論理的な接続詞の使い方」「文章構成を決めるアウトラインの立て方」などは「論文・レポート向き」、「共感を生みだす視点の示し方」「余韻を生む省略の使い方」「笑いを引き出す新たな視点の示し方」などは「ブログ・エッセー向き」――のようにラベルがついているので、自分の書こうとする文に向いた項目だけ選んで読むこともできます。
校閲作業に必要な異字同訓の書き分けについては、単に正誤を言うだけでなく「もともと一つの言葉の意味を、漢字を使って書き分けている場合が多いため、意味の違いがはっきりしない場合もあります」と私たちがなぜ迷うか説明しています。読みにくい文の直し方といった項目も校閲作業の役に立ちそうです。
また、「手段にとらわれない異次元の発想の示し方」なんていう項目もありました。「論文・レポート」と「SNS・チャット」向きだそうですが、私には「異次元の発想」を示すような文は書けないことを改めて実感してしまいました。
私は文章の書き方をだれかに教えることはできないけれど、校閲としても読んで楽しい「とっておきのことば術」と「文章チェック事典」は、きっと文章を書きたい人の役に立つことでしょう。
【平山泉】