「三振に打ち取る」は変な表現かについてお聞きしました。
三振に「打ち取る」 おかしいという人が過半数だが
野球の言い回し。「三振に打ち取る」って、おかしいですか? |
打たせていないのでおかしい 55.8% |
おかしくない 44.2% |
「おかしい」と感じる人が過半数という結果に。「打たせていないので」と書いたことが誘導的な役割を果たしたかもしれませんが、「三振」に「打ち取る」はなじまないと感じる人が多数いることが分かりました。
「うちとる」という言葉はもちろん、日本で野球が行われるはるか以前から使われています。日本国語大辞典(2版)は「うちとる」の項で、10世紀の「将門記」の一節「妻子同じく共に討ち取られぬ」という例文を提示。当該の小項目の説明は「武器を使って相手を殺す。切り殺したり、撃ち殺したりする。しとめる」とまず物騒なものながら、「しとめる」の意では野球でも使えそうです。
日本国語大辞典(精選版)
実際に、次の小項目では野球にも触れており、「試合などで相手を負かす。特に、野球で投手がバッターをアウトにしとめる」としています。要するに「バッターをうちとる」というのは武器を取っての戦いからの比喩表現で、ボールを「うつ」必要はないということ。この理解であれば「三振にうちとる」も問題なさそうです。
表記が気になる向きもあるかと思いますが、新編日本古典文学全集(小学館)の「太平記」には「敵あまた打ち取つて」という表記も出ていますから、「討ち取る」「打ち取る」で実質的な違いはありません。「三振にしとめる」の意味で「三振に打ち取る」と書くことがあっても、問題はないと言えるでしょう。
しかし、「野球で打たせてアウトにする」(新選国語辞典9版)や「〔野球で〕(打たせて)アウトにする」(三省堂国語辞典7版)のように、打たせることを前提に含む辞典もあるのは事実です。これは「討ち取る」と「打ち取る」とで使い分けが進んだことが影響しているかもしれません。
三省堂国語辞典第7版
上述のように「しとめる」の意では、「打ち取る」「討ち取る」の間で実質的な意味の違いはありませんでした。しかし、近年は、異字同訓の漢字は使い分けることが推奨されます。共同通信社の用語集(13版)でも
▼打ち取る〔野球など〕外野フライに打ち取った
▼討ち取る〔征伐〕敵の大将を討ち取った
という使い分け例を載せています。
文化審議会国語分科会の「異字同訓の使い分け例」(2014年)は、「うつ」の項目で「打つ:強く当てる、たたく、あることを行う」「討つ:相手を攻め滅ぼす」という意味の区別を示しています。これは使い分けのガイドであると同時に、現在行われている使い分け方を反映した記述でもあって、いまは「相手に勝つ」という意味では「打つ」をあまり使わないということが分かります。
「三振に打ち取る」は「おかしい」と違和感を持つのは、こうした使い分けを反映した感じ方だと考えます。「打つ」というのは「討つ」とは異なる「たたく」という意味である以上、バッターを「打ち取る」というならば、バットでボールをたたいた上でアウトにしなければいけない――現行の使い分けから判断するなら、うなずける話ではあるのです。
毎日新聞用語集より
ところで毎日新聞用語集は「うちとる」の項目に「三振に打ち取る」を例示しています。回答からの解説に「『三振に打ち取る』はおかしいのでは?」と聞いてきた後輩がいた、と書きましたが、毎日新聞としては「問題ない」というのが公式見解です。後輩は用語集をちゃんと見ていなかったのか、それとも納得がいかなかったのか。後者だったとしたら、こちらは聞かれたその時にきちんと答えられたかどうか、今さら心配になってきました。
(2018年05月08日)
以前後輩から、三振なら打者に打たせていないのだから「打ち取る」はおかしいのでは?と質問されたことがあります。
広辞苑には5版から「うちとる」の項目に「③勝負で相手を負かす。『三振に―・る』」という説明と用例が載っています。大辞林も初期から「②勝負で相手に勝つ。《打取》『三振に―・る』」というほとんど同じ説明、用例が載っています。つまり「打」の字にバットでボールをひっぱたく意味はない、といえるはずです。
毎日新聞用語集には「打ち取る」「討ち取る」の使い分けを示した項目があり、やはり「打ち取る(三振に打ち取る)」としています。
ただ、後輩の懸念も根拠のないものではないようで、国語辞典の中には「野球で打たせてアウトにする」(新選国語辞典9版)と、三振を認めていないものもあります。「打」という漢字を使いつつ、野球に当てはめたために生じた受け取り方かもしれません。
(2018年04月19日)