「波紋を〇〇」という表現についてうかがいました。
目次
「広げる」「呼ぶ」がほぼ同数
政治家の発言が波紋を「〇〇」――どれが最もしっくりきますか。 |
広げる 44.9% |
呼ぶ 43.1% |
投じる 1.1% |
それぞれ意味が違うので使い分ける 10.9% |
「広げる」「呼ぶ」を選んだ人がそれぞれ4割を占め、使い分ける人が1割、「投じる」はごく少数という結果になりました。
毎日新聞の記事データベース(東京本社版)で使用例を調べてみると、「波紋を広」が3270件、「波紋を呼」が844件、「波紋を投」は258件。単純に当てはめると「波紋を広げる」が多数派になってもおかしくないのですが、「波紋を呼ぶ」と同程度という結果になりました。一方、それなりに使用例がある「波紋を投じる」を選んだ方は予想よりも少なくなりました。
水面を波立たせるのは同じだが…
「波紋」の原義は「水面にものを投げた時などに、輪のように広がる波の模様」で、そこから「関連してつぎつぎに及んでいく変化や反応。影響」(いずれも広辞苑7版)の意味が派生しました。波紋を目的語に取る動詞は「広げる」「呼ぶ」「投じる」「描く」「及ぼす」などさまざまあり、少しずつそのニュアンスも異なるようです。
大辞林4版は「波紋が広がる」「波紋を投ずる」「波紋を呼ぶ」を取り上げ、それぞれについて「一つの出来事で多方面に影響が生じる」「静かな所、変化や動揺を起こさせるきっかけをつくる。波紋を投げる」「与える影響が大きく、関係者を動揺させる」と解説しています。
つまり、何もないところに騒ぎを起こすことが「波紋を投じる」、それによって影響の波が及んでいくことが「波紋が広がる」、影響が及んだ受け手側が動揺することに焦点を当てたものが「波紋を呼ぶ」――ということになるでしょうか。
「波紋を投じる」は使用を避ける社も
ただ、産経新聞のハンドブックや複数の辞書は「波紋を投げる」の使用を避けるよう促しています。投げるのは「波紋」ではなく、「一石」である――「一石」を投じて生まれるのが「波紋」だ、という理屈です。一方で「『波紋を投じる[投げる]』は、(中略)『一石を投じる』結果として生じる『波紋』を目的語にとった言い方」(明鏡国語辞典2版)のように許容する辞書も存在します。水を沸かしてお湯にすることを「お湯を沸かす」というように、確かに日本語には結果を目的語にとる用法が存在します。
「波紋を呼ぶ」についても、呼ぶのは「議論」だという向きもありますが、「受け手側の反響を呼び起こす」と考えれば許容されると思います。
ニュアンスで使い分けてもよいのでは
質問文のケースであれば、当の政治家(もとになった記事ではトランプ米大統領)の発言をどう捉えるかや、どこに焦点を当てるかで答えは変わってくるでしょう。“やぶへび”の発言だと捉えるなら「投じる」、多方面に影響が及んでいるのなら「広げる」、さまざまな反応が巻き起こって物議を醸していることを強調するなら「呼ぶ」となるでしょうか。
どれか一つに絞るなら、一番意味の広い「広げる」が“自然”だと思いますが、その時々に応じて動詞を使い分けてもよいのではないかと考えます。「波紋を広げている」を「呼んでいる」に直してきた記者は、トランプ氏がいつも物議を醸すことを承知で放言しているというニュアンスも込めるため、あえて「呼ぶ」を選んだのかもしれません。
(2020年10月23日)
とある日のこと。「(トランプ米大統領の発言に関する)報道が、米国内で波紋を広げている」との表現について、記者が「波紋を呼んでいる」に修正してきました。出題者は「どちらの書き方も見かけるな」と、さして気にも留めなかったのですが、同僚が「『呼ぶ』に直すよりも『広げる』のままの方が自然ではないか」と疑問を呈しました。
「波紋」の原義は「水面にものを投げた時などに、輪のように広がる波の模様」(広辞苑7版)。確かに「波の輪」であれば「広がる」がイメージしやすそうです。毎日新聞のデータベース(東京本社版)で過去の記事を調べてみると、「波紋を広」が3270件なのに対し、「波紋を呼」は844件。「広げる」の方が優勢ではあるものの、「呼ぶ」もそれなりに使用例があります。わざわざ「呼ぶ」に変えた経緯は謎ですが、間違いではないため記者の修正に従いました。
「波紋」を目的語に取る動詞はいくつかありますが、「広げる」「呼ぶ」以外に「投じる」もよく目にします。後日、改めて辞書や各社の用語集をめくってみると、「波紋を投じる」を使わないよう注意喚起するものがありました。一方で「広げる」「呼ぶ」「投じる」それぞれの意味の違いを解説したものも。「波紋」であれば「広げる」が最も自然だと感じるか、はたまた三つを使い分けているか、伺ってみようと思います。
(2020年10月05日)