2019年11月に刊行された岩波国語辞典第8版について、このブログでさまざまに紹介してきました(下の記事はその一部)が、その後に知った“見どころ”も書いておこうと思います。
【平山泉】
目次
助詞の「も」が、すごい
12月に開かれた出版記念トークイベント。8版の編者の一人である柏野和佳子さんが明かした「も」にまず驚きました。助詞の「も」が、こんなに長々と書かれているのです。
ページをめくって……。
なんでも、編者の一人、星野和子さんの修士論文がこの助詞「も」の項目に詰まっているのだとか。論文というと難しそうに感じますが、豊富な用例でさまざまな「も」の使い方が示されていて「そういえばこんな『も』も、あんな『も』も」と楽しく読めました。
7版と比べてみたところ、用例の「ステレオで音楽を聞く。時々テレビも見る」から「ステレオで」がなくなり、新たな用例に「虐待リスク上昇も帰宅容認」が入ったことに気がつきました。「……上昇も……」は新聞の見出しでよく使われる「も」で、「上昇したにもかかわらず」といった意味です。辞書編集者に新聞が「見られている」ことを実感します。
攻める→仕掛ける→狙う→本命
また、面白かったのは、柏野さんの「連想ゲーム」的な語釈見直しです。
「攻める」の語釈を変えたいと考えていたという柏野さん。「攻めてるファッション」のような言い方するよね……ということで、②の語釈として「大胆に思い切り良く仕掛ける」が入りました。
すると「仕掛ける」も見直したくなり、①の「ア」の「他に向かって働きかける。いどむ」に「効果を狙い」の文言を付け加えて「派手な宣伝を仕掛ける」という用例を入れたということです。
今度は「狙う」もということで、「目当ての物を自分の思うようにしようと、働きかける構えをする」という語釈を分類した「ア それに目をつけ、手に入れようとして機をうかがう」の用例に「老人ばかりが狙われる」を加え、「イ 命中させようと構える」を分けて「ウ 目標と定める。達成を目指す」を設けています。そこに7版では「イ」に入れていた用例「優勝を狙う」を移し、「難関大学を狙う」「効果を狙う」も入れてあります。
最後に「本命」。7版では「比喩的にも使う」として「学長候補の本命」の例を載せていただけでした。比喩的な使い方には「可能性が高い」ものと「狙っているもの」があると考え、「②最も可能性が高いと見なされているもの。有力視されているもの」と「③最もねらっているもの。ねらうべきもの」とに分けました。「本命チョコ」は③になるわけです。
「生足」は岩国に要るかどうか?
こうした話を伺っているときは、語釈を分けて説明することが必須のことのように思いましたが、イベントの最後の質問コーナーで「7版までは『比喩的な用法』として一つの語釈の区分で説明されていたものを、8版で①②などと分けたものが多いのはなぜか」という内容の質問がありました。柏野さんの説明としては、比喩が定着したと考えられるものは分けてそれぞれ用例をつけることでわかりやすくした——というものでした。質問した方には、「分けない」ことが岩国の特徴だったのに……という気持ちもあったようで、辞書好きの心情を垣間見た気がしました。
また、新たに入れる項目や削除する項目について、編者たちの間でもめたりすることはないのかという質問もありました。例えば7版の際、皆で入れないと決めた「生足(なまあし)」を柏野さんは今になって「入れた方がよかったか」と気になるそうですが、やはり「岩国に要るかどうか」という意識は編者たちの間で共通しているそうで、「もめる」ことはほとんどないとのことでした。編集部の赤峯裕子さんによると、もめるのではなく「沈黙」が続くことがあるそうで、その場合には次の議題に進むという会議の様子が明かされました。
「煮込みおでん」から「煮込みうどん」に
岩国に更に詳しくなったつもりの筆者ですが、その10日後、毎日新聞の書評欄を見てまた驚きました。現代詩作家の荒川洋治さんが岩波国語辞典の「書評」を書いており、「この『本』とどのように過ごしていくのか」と語っていたのです。
「煮込み」の用例がさりげなく「煮込みおでん」から「煮込みうどん」に変わっていたことが紹介されていて筆者は「確かにこの方がいい!」と笑いましたし、「挟み箱」「乗り打ち」「乗り進める」の削除に気づいていたところには編集部の方々がびっくりしていました。
旧版もですが「受け取る」とは別に「受け取れない」を見出し語に立てていることについて、荒川さんは「納得できないという意味が敢然と独り立ちしたのだ」と述べています。こんな視点もあるのですね。
辞書の読み方、楽しみ方はいーっぱい! 世間に声を大にして訴えたい。