「~にほかならない」という場合にどう表記するか伺いました。
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かな書きの「ほかならない」が最多
彼の成功は努力のたまものに「ほかならない」――どの書き方がなじみますか? |
他ならない 30.5% |
外ならない 23.3% |
ほかならない 46.2% |
かな書きの「ほかならない」が最多で5割近くを占めました。漢字を使う人では「他」が「外」よりやや優勢ですが、決定的というほどの差はつかず。漢字で書くにもどちらも同じぐらい使えそうで迷ってしまう、それならいっそひらがなで書く方がよい――という考え方が結果に反映しているかもしれません。
常用漢字表になかった「他(ほか)」
とはいえ、まずは漢字の説明からすべきでしょう。「他」の字の「ほか」という訓読みは2010年の常用漢字表改定で付け加えられたもので、それまでは音読み「タ」しか認められていませんでした。もっとも表外訓ではあっても、実際には訓読みが至る所で使われており、入社時に「ほか」の読みが使えないと知ったときにはむしろ驚いた覚えがあります。
訓読みが使えるようになって「外」との使い分けが必要になったのですが、これが実は難しい。毎日新聞用語集の「ほか」の書き分け方においても、「他」の字義の説明として「それ以外」という文言が使われているくらいですので……。「『他』の説明に『外』の字を使うってどういうことよ?」と言われたら言い返すのに難儀しそうです。
「外」は「そと」と読まれやすい
常用漢字表改定以前の文化庁「ことばに関する問答集10」(1984年)では「『ほか』か『外』か」という項目で、「ほか」の書き分けについて紹介しています。そこでは文部省(当時)の用語の案内を紹介して次のように書きます。
特別の場合を除くほか、殊の外、何某外○名
ほかの意見、ほかから探す、ほかから連れてくる
これは、「ほか」のうち、形式名詞的なもの、もともと「他」の字で書く習慣の強かったもの、また「外」と書くと「そと」と読み間違えられるおそれのあるものなどはかな書きにするという方針に大体よったものである。
「ほか」の読みで「他」を使えないため、「外」か「ほか」を使うことになるのですが、確かに「外」と書くと「そと」と読まれかねない場面があります。「ほかの……」という時には「外」とは書きにくいでしょう。
もっとも「外ならない」と書いた場合には「そと」とは読まれないはず。問答集では「ほかならない(ほかならぬ)」についても例示しているのですが、「やはり三様の表記〔他、外、ほか〕が見られる」と言うのみで、どの書き方がよいかは明示していません。
範囲外の「外」、違いを示す「他」
文化審議会国語分科会の「『異字同訓』の漢字の使い分け例」(2014年)による「ほか」の書き分けは以下のようになっています。
【外】ある範囲から出たところ。
思いの外うまく事が運んだ。想像の外の事件が起こる。もっての外。【他】それとは異なるもの。
他の仕事を探す。この他に用意するものはない。他の人にも尋ねる。
枠で囲った「ある範囲」をイメージして、その外部という場合には「外」。あるものと違う「別のもの」という意味で使いたい場合には「他」というところでしょうか。白川静の「字訓」においても「外(ほか)は全体の中で中心から離れたところ、また他は、我と対立する断絶した状態にあるものというほどの区別がある」と説明されます。分かるような気はするのですが、これらを本当に区別できるものでしょうか。
結局、「外」と「他」でどちらがよい?
円満字二郎さんの「漢字使い分けときあかし辞典」は「具体的に何を指しているのかが思い浮かべにくい場合には、《外》を用いる方がなじみやすい」として、「彼にとって仕事をすることは、喜びに外ならない」「外ならぬ君の言うことだから、信じよう」という例を挙げています。
ただし、「他」と「外」の「表す内容は、重なり合う部分が大きく、頼りにできる判断基準は見出しがたい。無理に使い分けようとせず、迷った場合にはどちらか好きな方を書いておくしかない」とも。更には「その他」「外の」といった書き方が「そのた」「そとの」と読まれうることを挙げて、「どちらも振りがななしでは読み方がまぎらわしくなりやすいわけで、そこで『ほか』はすべてかな書きにしてしまうのが、最も楽な方法だということになる」とも。「漢字使い分けときあかし」をうたう辞典にふさわしからず、さじを投げるような格好になっていますが、「ほか」の書き分けはそれだけ難しいということでしょう。
「かな書き」はバランス感覚の表れ
こうしてみると、アンケートで「ほかならない」を選んだ人が最多だったことには、大いに理由があると言わねばなりません。今回の「正解」はどの表記を選んでもよいということになりますが、アンケートの結果は皆さんの表記に対するバランス感覚が表れたものであったと感じます。
(2020年02月11日)
毎日新聞の記者が使うPCの日本語入力ソフトは少々細工がされており、毎日新聞用語集(表紙が赤いので通称「赤本」)のルールから外れる表記に変換しようとすると《赤本外表記》という注意書きが表示されます。
先日の仕事中、「~にほかならない」というフレーズを変換しようとしたところ、「外ならない」の表記に《赤本外表記》が付いていることに気がつきました。ん? 「ほかならない」は用語で決めていたっけ。
用語集の「ほか」の項目を見てみます。「他〔それ以外〕」「外〔限度・範囲の外〕」という原則と幾つかの用例が示されていますが、「ほかならない」については明示的にはルール化されていないようです。日本語入力ソフトのミスか、それともほかに事情があるのか。
改めて気にしてみると、書き分けには引っかかる部分が多い文字です。最近はいろいろな場面で「他」が使われることが多くなっているような印象も受けますが、ここでは「ほかならない」に絞って伺ってみることにいたします。
(2020年01月23日)