「学べるゲラ」とは
実際の新聞原稿を元に、校閲記者が見つけた(見逃した)間違いやありがちなミスを盛り込んだゲラ(校正刷り)を作成しました。読んで誤字脱字・事実関係の誤りなどを探してみてください。
校閲記者が読んだ後の「校閲後」のゲラと解説(有料会員限定)も掲載していますので、自分の入れた直しと見比べられます。
「校閲は先輩のゲラを見るのが一番の勉強」といわれます。ゲラからは、校閲記者がどのように読み、考え、調べ、直しを入れて疑問を出すかが読み取れます。専門の校閲・校正者以外の方が「校閲後」のゲラと解説を読むだけでも、間違えやすいポイントやミスの潰し方などの参考になります。
👉学べるゲラ第71回・校閲前(PDF)
※こちらから別タブ表示、ダウンロードすることが可能です
一部分だけではなくその先の記述とも照らし合わせ、総合的にベストな直しを提案することがポイントです。「木を見て森も見る」ことを心がけましょう。
👉学べるゲラ第71回・校閲後(PDF)
※こちらからPDFを別タブ表示、ダウンロードすることが可能です
直しの難易度の目安
<誤字脱字・誤用など>
【★☆☆】丁寧に読めば指摘できる
【★★☆】基本的な校閲の知識で指摘できる
【★★★】言葉に関する専門的な知識や経験が必要
<文脈理解>
【★☆☆】普通に読めば指摘できる
【★★☆】注意深く読む必要がある
【★★★】原稿全体の理解や背景知識が必要
<事実確認>
【★☆☆】常識的な知識で指摘できる
【★★☆】調べれば比較的簡単に指摘できる
【★★★】綿密な調査が必要
総数と平均人数で順位が違う
【★★★】2段落目全体
2段落目に書かれている数字は日本野球機構のサイトで調べられます。入場者数は「235万8312人」、1試合平均は3万2754人なので「3万2000人以上」で問題なさそうです。
次に「セ・リーグでは阪神、巨人に続いて3番目に多かった」のかを確認します。確かに入場者数は3番目に多いですが、それぞれのチームの試合数を見てみると、主催試合が71試合と72試合のチームがあります。これにより、入場者数ではDeNAより少なかった中日が、1試合平均だと3万2951人でDeNAをわずかに上回りました。その結果、DeNAの1試合平均はセ・リーグの中では4番目に下がります。このように入場者数と1試合平均の順位は必ずしも一致しないことが分かります。
これを踏まえて本文に戻ります。「阪神、巨人に続いて3番目に多かった」のは、入場者数と1試合平均のどちらに読めるでしょうか。段落の書き出しが「235万8312人」なので、その流れで入場者数と捉える人もいれば、文の始まりが「1試合あたり平均で」なので、1試合平均と捉える人もいそうです。
後者の解釈をすると事実が誤って伝わってしまいます。それを避けるため、今回は順序を変えて、「235万8312人――。これは今季、DeNAが主催した全72試合の観客動員数で、史上最多を更新した。セ・リーグでは阪神、巨人に続いて3番目に多く、1試合あたり平均で3万2000人以上が訪れた」という直し案を出しました。これなら3番目に多かったのは1試合平均の入場者数でなく総入場者数だと確実に読んでもらえます。
ともかく2通りに解釈できてしまうこと、解釈によっては事実が間違って伝わってしまうことを指摘できればOKです。
文章全体を見れば「選手と交流」する活動が必要
【★★★】(2ページ目上段)「野球ふれあい訪問」と題して横浜市内の幼稚園・保育園や小学校に出向き→「野球ふれあい訪問」や「『星に願いを』プロジェクト」と題して横浜市内の幼稚園・保育園や小学校に出向き?
(2ページ目下段)その中でふれあい訪問は→その中でふれあい訪問などは?
DeNAのサイトの「幼稚園・保育園 野球ふれあい訪問 活動リポート」を読むと、訪問対象は幼稚園・保育園で、小学校を訪問したという情報は見当たりません。そこで、原稿の「小学校」を削る案を検討した方もいるかもしれませんが、もう少し読み進めてみます。
2ページ目上段に「小城教授は『選手らと触れ合った子どもがファンになり……』」、2ページ目下段に「ふれあい訪問は、選手を身近に感じてもらうために有効だったと小城教授は見る」などと、選手と交流できることを前提に書かれています。しかし月ごとの活動リポートを見てみると、実際は選手ではなく、マスコットのDB.スターマンやオフィシャルパフォーマンスチームdianaが訪問しているようです。ここまでで、訪問先と訪問者に疑義が生じます。
では、選手が小学校へ出向く活動がありそうか確かめてみます。すると「『星に願いを』プロジェクト」がそれに近い活動内容でした。現役選手が小学校の児童に訪問授業をしています。野球ふれあい訪問と「星に願いを」プロジェクトを混同している可能性があります。
「小学校」を削ってしまうと、その後の小城教授の発言などから、「野球ふれあい訪問」が幼稚園や保育園に選手が出向く活動と誤解されてしまいそうです。ここでは丁寧に「『星に願いを』プロジェクト」も書き加え、2ページ目下段の「その中でふれあい訪問は」を「その中でふれあい訪問などは」とすれば、文章全体として事実関係を整えることができます。実際には出稿部に確認したところ、「『野球ふれあい訪問』などと題して……」とすることになりました。一文だけではなくその後の記述とも照らし合わせ、総合的にベストな直しを提案することがポイントです。
その他の直し箇所
昔は「盛った」発表でした
【★★☆】05年から観客動員数の発表を始めた→05年から観客動員数の実数発表を始めた?
「セ・リーグ 入場者数 推移」で検索すると、球団別の推移表(PDF)が見られます。動員数の発表は1950年代から始まっているのでこのままだと誤りです。2005年から始まったのは、資料右下に書かれているように「実数発表」です。
【★☆☆】約6000席を増設された→約6000席増設したor約6000席増設された
「増設された」と受け身の形にするのであれば「約6000席が」が適切です。もしくは「約6000席を増設した」でもよいでしょう。今回は文全体の読みやすさを考慮して助詞は省略しました。
【★★☆】Aクラス(3位以上)は7回→Aクラス(3位以上)は6回?
日本野球機構の年度別成績で見てみると、Aクラスの年度は2016、17、19、22、23、24年の6回です。
どちらも女子大ですが
【★★☆】清心女子大→聖心女子大?
教授名を検索すると大学の紹介ページが出てきます。ちなみに岡山県にあるのは「ノートルダム清心女子大」。同じ読みなので注意が必要です。
【★☆☆】ファン作る→ファンを作る
【★★☆】さらに、着目するのが→さらに着目するのが、
2ページ目上段「特に着目したのが」から話が続いていることを踏まえると、「さらに」が直接「着目する」に係るよう読点の位置を後ろにずらした方が文章の流れがきれいになります。
【★☆☆】大坂→大阪
よくある変換ミスです。逆にテニスの大坂なおみ選手が「大阪なおみ」になっていることもあります。
「押し出す」「打ち出す」場合は「前面」
【★★☆】全面→前面
「全面」はあらゆる方向や全体を指します。「前に押し出す」「際立たせる」という意味のフレーズ「ぜんめんに出す」の場合は「前面」が適切です。
【★☆☆】イベントやサービスも力を入れた→イベントやサービスにも力を入れた
奪うわけではない
【★★☆】乗っ取り→のっとり
スポーツマンシップに「則して」ということですから、奪い取る意味の「乗っ取る」とは全く別です。漢字の「則る・法る」と直してもよいですが、常用漢字表には「のっとる」の読み方がないので、毎日新聞のルールにのっとって平仮名で表記しました。
【★☆☆】根を下し→根を下ろし
質問受け付けます
「ここに赤字が入っていないが直さなくていいのか」「解答例の直しは不要ではないか」など質問がありましたら、お問い合わせページからタイトルを「学べるゲラ第71回質問」としてお寄せください。質問が多かった箇所やなるほどと思った指摘を中心に、このページで回答いたします。全ての質問に回答できるわけではありませんのでご了承ください。