校閲者の間でも時々話題になる「言葉のゆれ」が、“実害”を引き起こしたと考えられる例がありました。
大阪市の監察部が5月末、市立中の50歳代の教諭が「校内で生徒とマージャンをしていた」と発表したのですが、翌週、相手は生徒ではなく卒業した40歳代の教え子で、場所も校内ではなかったと訂正しました。場所が校内かどうかもさることながら、教師と卓を囲んだのが今教えている生徒か卒業生かは、重大な違いです。この点については、校長から聞き取って作成された報告書に「教え子」と記載してあったのを、発表の際に市の担当職員(40歳)が「生徒」と誤って解釈したまま説明したのが原因だったそうです。
この場合「教え子」が何を意味するかの確認は、ぜひ必要でした。この言葉は確かに紛らわしいところがあり、最近の辞書では、卒業生と在校生、両方の意味を明記しているものが主流です。
「以前教えた(今教えている)生徒・学生。弟子」(岩波国語辞典7版新版)
「教師・師として、自分が教えたことのある相手。また、現在教えている生徒。弟子」(大辞泉2版)
また、どちらかといえば卒業生を指す場合が多いのか、在校生に使うのは違和感があるという声も聞きました。辞書のなかにも、「過去に教えた」という意味に重点を置いていると思われるものがあります。
「教師から見て、自分が教えた人。弟子。門人」(広辞苑6版)
「その人が教えた生徒や学生」(新明解国語辞典7版)
一方、過去に教えた相手を表す「元教え子」という言い方を、新聞などで結構見かけます。実は時折これが部内でも議論になっていて、教えた相手は本来ずっと「教え子」なのだから、「元教え子」は変だという意見には納得できるところがあります。しかし、今教えている生徒と区別する必要がある場合は、誤解を避けることを優先し許容されているのが現実のようです。とはいえ、過去に教えた相手を「元教え子」というなら、「教え子」は今教えている相手のこと、という理解が出てくるのは自然でしょう。前述の市の担当者のような捉え方をする人がいるのも、「元教え子」という表現を目にすることが多くなったことと無関係ではない気がします。
【大木達也】