きょうは彼岸の入り。彼岸に出るお菓子といえば「おはぎ」ですね。「ぼたもち」とも言うことは有名でしょうが、他にもいろいろ異称があります。しかし、異称の多さでそれをはるかに超える、あんこを使うお菓子といえば――?
同じ物でも、所変われば呼び名も変わります。彼岸の季節に付き物のお菓子と、100以上の別名があるというお菓子について、幼い日に食べた思い出とともに考えました。、
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春はぼたもち、秋はおはぎ?
「おはぎとぼたもちの違い知ってるか」。先輩がいきなりクイズ。「えーっと……」「ヒント。いつ出るものか。おはぎはハギの咲くころ」「あ、秋のお彼岸?」「そう。で、ぼたもちはボタンのころ。春のお彼岸」「なるほど。でも田舎じゃ春にもおはぎって言ってたけどなあ」
後日「日本語話題事典」(ぎょうせい)に「春秋説」が紹介されているのを発見。でもすぐ後に「小豆餡(あん)をつけたものが『ぼたもち』、きな粉をまぶしたものが『おはぎ』とする説もあって、確かなところはよく分からない。今日では、春秋、餡・きな粉に関(かか)わりなく、『ぼたもち』とも『おはぎ』とも言うようである」。なあんだ、決まってないのか。
これは、毎日新聞のかつての連載コラム「読めば読むほど 校閲インサイド」に1999年9月28日掲載の拙文コラム冒頭です(東京書籍「読めば読むほど」所収)。
おはぎといえば、祖母がよく作ってくれたことを思い出します。おはぎの語源としては上記と別に、小豆の粒をハギの花の咲き乱れるさまに見立てたという説もありますが、祖母のお手製のおはぎは、そんな可愛らしい花というよりは、おにぎりのような大きさでボタッとしていたなあ。そんな思い出にひたるうち、案外ぼたもちの語源も、ボタンの花からというよりはボタッとした感じからきたのではないか――と風情のないことを考えました。
はんごろし、夜船、北窓…
「日本大百科全書」(小学館)によると、「餅菓子としての姿は見栄えのするものではなく、やぼったい菓子、あか抜けしない菓子とされてきた。『ぼた』には炭鉱での屑(くず)炭の意味があるほか」に続けて、方言のあまりよくない意味を列挙した上で「これらの説を総括したものがぼた餅には含まれているようである」とします。この筆者もボタンの花というよりは、やぼったい印象をもっているのかもしれません。
なお、冒頭のコラム掲載後、富山県出身の読者から「はんごろし」と言っていたというお手紙をいただきました。物騒な名前ですね。米粒を半分くらい潰すからでしょうか。
日本国語大辞典には確かに「はんごろし」の方言としてぼたもち、おはぎを指すと載っています。山形、福島、群馬、埼玉、千葉、新潟、長野、兵庫、島根の各県とけっこう広範囲の方言のようですが、今でも使われているのでしょうか。
ほかにも異称があります。日本国語大辞典から拾いました。
夜船(よふね)…いつの間にか着く(搗く)ところから。別説として、中が白く外が黒いことから中が明るく外が暗い夜船にたとえた
北窓(きたまど)…「北窓の月入らず」を、「搗(つ)き入らず」に掛けたものという
隣知らず…近隣の人も気づかないくらいの音で搗くことから。青森、新潟、富山、兵庫、島根、広島、香川の方言
奉加帳(ほうがちょう)…広島の方言
ちなみに私は広島出身ですが、「隣知らず」「奉加帳」なんて見たことも聞いたこともありません。ともに一地方でかつて言われていたのでしょうか。どうして奉加帳なんて名が付いたのかは同辞典に書いてありませんが、「付く」と「搗く」を掛けているという説が有力のようです。江戸時代の方言集「物類称呼」に「つく所も有 つかぬ所も有といふ心也」とあります。
今川焼き、大判焼き、回転焼き……
さて、おはぎも異称が多いですが、それよりはるかに多くの名で呼ばれるお菓子があります。
毎日小学生新聞のPR版にこの話題が載りました。面白かったので引用します。
丸くて平べったい形で、きつね色の皮の中にあんこが詰まったこのお菓子、あなたは何と呼んでいますか? 今川焼き、大判焼き、回転焼き……。専門家によると、なんと地域ごとに100以上の呼び名があるそうです。
このお菓子は江戸時代、今川橋(今の東京都千代田区)の近くにあったお店が「今川焼き」として売り出し、各地に広まったと言われています。奈良大学の岸江信介教授が呼び名を調べたところ、全国で最も知られているのは「大判焼き」でした。でも、ほかに100以上の名前があったのです。
「おやき」や「あじまん」のほか「七越焼(ななこしやき)」「御座候(ござそうろう)」「蜂楽饅頭(ほうらくまんじゅう)」は、会社名や商品名がその地域での呼び名として広まったものです。
ポイントは、お店の看板やのれんです。ほとんどのお店が、商品名や会社名を書いています。岸江さんは「焼き上がるのを待つ間に、お客さんがそれを目にして呼び始め、次第に広まるようです」と解説します。
同じものなのに呼び方が違う現象は、「たこ焼き」や「たい焼き」にはないそうです。
「土地ごとの名前が残るのは、このお菓子がそれだけ愛されている証拠」だとか。
そういえば、連続テレビ小説「カムカムエヴリバディ」では京都編で「回転焼き」と呼ばれていて、初めてその呼び名を知りました。ちなみに私の出身地、広島では「二重焼き」と言っていましたが、県外への広がりはありません。逆に今は広島市内でさえ別の名で売る店が増えているようです。
冒頭のコラムはこう締めくくられます。
言葉は生き物。一つの枠にはめようとしても、はみ出す部分は出てきます。とはいえ、名前とそれが指すものが一致しない事態は避けなければ。ある程度統一されていないと、言葉は万人のものにならないのですから。
それはそうだが、これを書いた頃の自分よ――と還暦の筆者は、ほかほかであんこがはみ出しそうな「あれ」にかぶりついた幼い自分の姿を思い出し、こう呼びかけたい気持ちになります。やはりあれは今川焼きでも大判焼きでも回転焼きでもなく「二重焼き」だろう――と。
【岩佐義樹】