「○○ありき」のような表現について伺いました。
目次
「問題ない」が7割超す
「結論ありき」の議論はだめだ――「○○ありき」という言い回し、どう感じますか? |
問題ない 72.5% |
「○○」の前に「初めに」「まず」などを補いたい 23% |
この言い回しになじみがない 4.6% |
「最初から結論が存在している」という意味の「結論ありき」のような言い回しについては、「問題ない」とした人が7割を超えて大多数を占めました。文語訳の聖書の文言に由来する表現とみられますが、今では元の形を離れても通用する言い回しとなっているようです。
新約聖書の文言から
「ありき」は文語の動詞「あり」+過去の意味を表す助動詞「き」の連語です。三省堂国語辞典7版は「ありき」で項目を設け、次のように記しています。
(連語)①〔文〕あった。存在した。「はじめに言葉ありき〔=新約聖書の文句〕」②はじめから決められていること。「はじめに結論ありきでは討論する意味がない」
「ありき」の項目を設けている国語辞典では、ほとんどが「はじめに言葉ありき」という用例を載せていますが、新約聖書に触れているのは、見た中では三国だけでした。
新約聖書の中でもヨハネ伝福音書の冒頭です。「文語訳 旧新約聖書」(日本聖書協会)を見ると「太初(はじめ)に言(ことば)あり、言は神と偕(とも)にあり、言は神なりき」とあります。この訳では助動詞「き」の繰り返しは避けられていますが、似たような形です。
太初に言あり――全てに先立って言葉が既に存在していたということです。そこから、「結論ありき」というならば、議論や検討に先立って結論が存在してしまう、ということになります。ちなみに口語の新共同訳には「初めに言があった」とあります。わかりやすいですが、この形では「結論ありき」のような形が派生することはなさそうです。
辞書は「はじめに」ありが多いが…
三国の用例では「はじめに結論ありきでは……」と、「はじめに」付きの使い方を載せています。実は用例で「はじめに」などをつける辞書は少なくありません。回答から見られる解説でも引きましたが、岩波国語辞典8版は
《「初めに……ありきで(は)」の形で》動かさない前提として……を据えるの意。「初めに増税ありきでなく、歳出を抑える努力をせよ」
と、「初めに」が付く形がよいとする説明と用例を載せています。聖書のような言い回しをとどめた形が望ましい、という立場でしょう。
一方、大辞林4版は「近年の用法」として「(これからのことが)既定となっている。『増税ありきでの委員会審議』」と、「初めに」の付かない形を載せています。大辞泉2版も「『結論ありきの審議会』などの用法は、結論は既に決まっており審議会は形式に過ぎないの意である」と、「初めに」などの付かない用例を挙げています。こちらは現在の言い回しとしては、聖書の文言にとらわれる必要はないという立場かもしれません。
新聞の用例も「○○ありき」のみが多数
こうして見ると、今回のアンケートで7割が「問題ない」としたことは、後者の立場が有力であることを示しているようです。最近の毎日新聞の記事を見ても「開催ありきで突き進んだ」「期限ありきの拙速な審理にならないか」「規模ありきで予算化を進めてしまった」など、大辞林などの説明に即した用法が目立ちます。
元の「文語の動詞+助動詞」の形を考えると「ありき」だけでは「あった」という意味にしかならないため、出題者は「初めに」などがないと不十分な表現になるのではないかと気になっていましたが、現状ではその心配は無用のものと言えそうです。
(2021年12月14日)
「○○を前提とする」という意味で使われることの多い「○○ありき」という言い回しですが、見るたびに少し気になります。岩波国語辞典(8版)は「ありき」の項目で「『初めに……ありきで(は)』の形で」として「動かさない前提として……を据えるの意」としています。導入に「初めに」を入れるべきだという立場です。▲岩波はこの項目の①で「(確かに)あった。『初めに言葉ありき』」という説明と用例を載せています。「初めに言葉ありき」は聖書の一節。さきに挙げた慣用としての言い回しも、その記述を踏まえたものだという認識があるのだと思います。▲一方で大辞林(4版)は、「近年の用法」として「(これからのことが)既定となっている。『増税ありきでの委員会審議』」のような説明・用例を載せており、もはや「初めに」や「まず」のような枕ことば的導入は不要としているようです。辞書の間でも見解が分かれ、どう考えようか――という時はみなさんのご意見を伺ってみることにしたいと思います。いかがでしょうか。
(2021年11月25日)