新年度を迎えました。入学・進級に合わせて新しい国語辞典を探している方も多いのではないでしょうか。私も先日発売された新しい辞書を入手しましたのでご紹介させていただきます。ちまたで話題のあの7版です。広辞苑? ではなくて……。
「三省堂国語辞典 阪神タイガース仕様」。この装丁を見るだけでも、バンバン辞書を引いて仕事をしてやろうとモチベーションが上がります。
「三省堂国語辞典」略して「三国」はそもそもタイガースに関係なくユニークな辞書です。「『的を射る』の誤用」とされる「的を得る」という表現を容認していたり、「『汚名返上』が正しい」と言われることが多い「汚名挽回」について「誤用でない」としたり。
「新しく生まれたことば、意味や形が変わってきたことば、誤解されていることばなどもありのままに記述しよう」(7版序文)との方針で、新語や俗用も積極的に掲載しています。
そんな「三国」が全国のタイガースファンの要望に応え(?)生まれた会心の一冊には、タイガース仕様ならではのオリジナル用例が。ここではその全てを紹介してしまいます。自分で辞書を引いて見つけたい、という方はネタバレにご注意!
まずはこちら。赤字部分が阪神タイガース仕様のオリジナル用例で、もう一つの辞書は通常版の三国です。
赤城おろし、伊吹おろしなどの例が各辞書にありますが、タイガース三国にふさわしいのはもちろん「六甲おろし」。
注意していただきたいのは、この「六甲おろし」は実は球団歌の通称だということ(正式名は「阪神タイガースの歌」)。だからこそこの「阪神タイガース球団歌<の意味>にも」という語釈が光ります。「球団歌のタイトル」などとしてしまったら、こだわる関西の重鎮あたりからツッコミが入っていたこと間違いなし。
この用例はその「六甲おろし」の歌詞から取ったようですが、元は「阪神タイガース フレフレフレフレ」。惜しい。「フレ」が1回足りへんやないか!という声が各地で上がっていることでしょう。
しかし通常版の三国を含め「阪神」の項目で阪神球団に触れている辞書はほとんどありません。その中で「阪神タイガース」そのものを見出し語に掲げていた大辞泉に一筋の希望を見た思いがしました。
「若虎が聖地で躍動した」「勝利の六甲おろしが聖地にこだまする」−−。連日1面から3ページ以上にわたって阪神タイガース関連記事が掲載される某スポーツ紙にはこんな表現が出てきます。興味のない人には意味不明でしょうが、三国のこのオリジナル用例によって、「聖地=甲子園」という関係が辞書的にも裏付けられました。画期的なことではないでしょうか。
しかし「聖地」は阪神ファンに限りません。毎日新聞でも、高校野球のセンバツ大会や選手権大会が行われる甲子園は「高校野球の聖地」と表現されます。さらには大学日本一を決める甲子園ボウルが行われるため「アメリカンフットボールの聖地」と書かれることも。
多くの人を引きつけてやまないこの聖地、やはりシーズンの開始とともに巡礼に行かなくてはなりません。
オリジナル用例はこの三つでした。え、これだけ?
「鉄人」の項目に金本監督への言及があったり、「バックスクリーン」の項目にバース、掛布、岡田の3連続ホームランの記述があったりしないの?
テレビ朝日の「報道ステーション」でこの辞書を取り上げていた際には富川キャスターが、「代打」の項目には「桧山」(「代打の神様」と呼ばれた元阪神選手)と書かれているかも、なんてコメントしていました。そのような記述を期待していたファンも(私を含め)多いはず。
ですが編者の一人である飯間浩明さんはツイッターで、阪神関連の用例を増やしすぎると一般的な用例から逸脱し、「国語辞典の基本から離れる。遊びは抑制的にしたいです」と述べています。あくまで三国は日本語の辞書である、というスタンスです。
ならばオリジナル用例が少なくても仕方がないか……。ところが辞書をめくっていると、こんなショッキングな用例が目に飛び込んできました。
よりによってこの辞書で「ミスター」の用例が宿敵・ジャイアンツになっているなんて。これには落胆する読者も続出すること間違いなし。下手をすると過激なファンによって辞書が道頓堀川に投げ込まれてしまうかもしれません。
三省堂さん! 次の増刷の前に、ここを「ミスタータイガース」にして4カ所目の赤字にしてはいかがでしょうか!
【林弦】