「街がクリスマス気分で浮足立つ」などの「浮足立つ」の使い方についてうかがいました。
目次
6割は「ふさわしくない」
「街がクリスマス気分で浮足立つ」というのは…… |
「浮足立つ」は楽しい気分にふさわしくない 60% |
浮き立つ感じで違和感はない 40% |
6割が「ふさわしくない」を選びました。回答後に読める文にも記しましたが、文化庁の国語に関する世論調査で「浮足立つ」はどちらの意味と思うかという質問に「喜びや期待を感じ、落ち着かずそわそわしている」を選んだ人が6割でした。逆の結果のように見えますが、考え合わせると、違和感あるなしはほぼ半々に近いともいえるでしょう。
「浮き立つ」との混用か
「浮足立つ」の使い方は、例えば以下の記述が示すように「浮き立つ」との混用が広がっていると考えることができます。
「浮足立つ」は、これからよくないことが起こると思われ、落ち着かない、不安な心の状態を表す場合に使用される。類似表現の「うきうきする」「(気持ちが)浮き立つ」は肯定的な意味で、「浮足立つ」は否定的な意味で使われる。(日本語口語表現辞典2版、2020年)
「日本国語大辞典」担当の編集者だった神永暁さんも、ウキウキした気分の使い方を「誤用」として「類似の語に『浮き立つ』があるのでそれとの混同かもしれないが、“要経過観察”の語がまたひとつ増えてしまった」と書いています。(日本語、どうでしょう?「第138回 浮き足立つ」)
広辞苑には「期待や不安」
ところが、広辞苑の「浮足立つ」は「期待や不安など先が気になって、今のことに気分が集中できなくなる」となっています。1991年の4版から現在の7版まで一貫して、何の注釈もなしにまず「期待」が挙げられていることが目を引きます。
2021年発行の明鏡国語辞典3版でも「そわそわして落ち着かなくなる。また、逃げ腰になる」と、「逃げ腰」はニュートラルな「そわそわ」の次に置かれ「そういう使い方もある」という感じの扱いです。索引で「×」まで付けて「駄目なものは駄目」と言わんばかりの編集方針の明鏡にして、この捉え方です。ちなみに初版(03年)では「いまにも逃げ出しそうな、落ち着かない状態。浮き腰。逃げ腰」という語釈だったのが、3版で変わりました。
期待と不安と――両極端に見える心境ですが、考えてみると「そわそわ」など、どちらの気分でも使える表現がないわけではありません。「足が地に着かない」も、緊張と不安にとらわれた時にも、うれしくて興奮した時にも使いますね。
昭和初期から期待(?)の用例
「浮足立つ」の用例を調べると、期待に取れる使い方は最近に限らないことがわかってきました。
毎日新聞には1996年のある外部ライターの文章で「『彼らは一体どんな人達なのだろう』興味津々、百田さんは浮足だって子供たちと声援に出かけた」とあります。
司馬遼太郎さんも86年「ロシアについて」で書いています。「ポーランドなどの友好諸国も、ソ連の強い友好の力から解放されたと錯覚して浮足だつかもしれません」(引用は文春文庫で、「友好諸国」「友好」に「、」のルビ)
さらに古く、100年近く前の久保田万太郎「春泥」(28年)ではこんな例も。
かれは、いつの間にかそのあたりの、眼に触れるすべてのもののいそがしくすでに年の暮の粧(よそほ)ひをしてゐるのに気がついた。――おもひなしか往来をあるいてゐる人たちでも浮足立つて感じられた。――大通りにはすでに春を待つ笹(ささ)の影さえつゞいてゐた。
冬至の日の描写です。当時の日本では、今とは違ってクリスマスを楽しむ気分はほとんどななかったでしょうし、年の瀬に追い立てられるような雰囲気もあったかもしれません。しかし、一陽来復の日なので春が戻るのを期待する気持ちも強かったことでしょう。少なくとも「逃げ腰」とは違います。
逃げ腰の場面が目立つだけかも
こうしてみると、以前から「浮足立つ」は不安に限らず多様な場面で使われていた可能性があります。たまたま合戦ものなどで「逃げる」という場面が多かったので、それになじんでいる人にとっては、浮かれた気分にはふさわしくないと思われるのではないでしょうか。
出題者も自分ではクリスマスなどの時に「浮足立つ」は使いません。しかし、出題の際に記したように、小説で出てくれば悩みます。今回の例では結局そのままにしたのですが、「ふさわしくない」と判断した6割の人のことを考えると、「浮き立つ」などに直してはどうかと提案した方がよかったかな――と、気持ちが浮草のように揺れます。
(2022年12月22日)
ある小説の原稿で、この質問の例に似た文章があり、どこか引っかかりを感じました。調べると、2019年度の文化庁「国語に関する世論調査」で取り上げられていました。▲「浮足立つ」はどちらの意味と思うかという質問に「喜びや期待を感じ、落ち着かずそわそわしている」が60.1%、「恐れや不安を感じ、落ち着かずそわそわしている」が26.1%でした。本来の意味とされているのは後者ですが、2倍以上の差を付けられています。▲クリスマスの気分としての「浮足立つ」は、本来の使い方ではないといえるでしょう。しかし世論調査の結果もあり、不適切だと指摘すべきかためらいました。皆さんの感じ方はいかがでしょう。
(2022年12月05日)