
「~度目の優勝」か「~回目の優勝」か。どちらでも全く問題ないのですが、使う場面に何かの傾向はあるのでしょうか。最近、日本新聞協会加盟社の懇談会でも取り上げられましたが、それとは別に独自に調べました。
目次
「~度目」が「~回目」を圧倒
| 優勝を重ねていくと、呼び方は…… |
| 「~回目」の優勝 21% |
| 「~度目」の優勝 50.3% |
| 数字など状況によって変化する 28.7% |
3択の結果は「~度目」が約半数。「~回目」は2割にとどまりました。「数字など状況によって変化する」が3割。この選択肢は、もしかしたら回数が多くなるほど「回」が使われやすくなるのではないか、という推測をもとにしています。
「回」には繰り返しの期待が表れる?
例えば「何度でも」から始まるサカナクションの「怪獣」という曲の歌詞は「何十回も嚙(か)み潰し」「何千回も/君に話しておきたいんだよ」と続いています。この「回」を「度」にすると変ですね。回の方が回数をずっと重ねるイメージがあります。
国語辞典で「度」と「回」の使い分けを示しているものは少ないのですが、例えば三省堂国語辞典の「回」の「区別」欄ではこうあります。
「回」は広く回数に使うのに対し、「度」はそう多くはくり返されないものごとの回数に使う。「行き先を三度たずねる」とは言うが、「国会で二十三回質問する」を「二十三度」とは言いにくい。
また新選国語辞典は「度」の項目で
「二度目の落選」のような場合は必ずしもそれがくりかえされることを想定しない。また、「第三十二回オリンピック競技大会」のように、長く継続しているものの数を「度」を付けてはあらわせない。
としています。
飯田朝子さんの「数え方の辞典」(小学館)でも「度」は
繰り返されることが予測・期待されない(されにくい)行為や催しを数えます。
としており、「仏の顔も三度まで」を例に別掲のコラムで詳しく解説しています。
「度」は数が多ければ使いにくい?

ではサッカー・ワールドカップの「~目の優勝」は。その前に「4年に1度」を「4年に1回」と替えられるか考えてください。
替えられないことはないけれどちょっと不自然と思いませんか。「4年に」という縛りがあると次の数字は「1」しかないという前提があり、「度」は「繰り返されることが予測・期待されない」という飯田さんの説が説得力をもってきます。
それは分かりやすいのですが、ブラジルについて「6回目の優勝を目指す」はどうでしょう。繰り返しが期待できるという文脈なら全く違和感がないはずですが、毎日新聞では「6度目の優勝」の方がよく使われています。世界制覇の難しさから「そう何回もあることは期待できないよ」という意向が働くのでしょうか。
ところで、数字が多くなると「度」は使いにくいという趣旨の辞書の記述は正しいのでしょうか。神社に「お百度」を踏んで願い事をすると言いますね。「お百回」とは言いません。しかしここで「度」が使われるのは、そこで止まるから、それ以上の繰り返しは想定されないから――と解釈すれば「仏の顔も三度まで」と同じ理屈だと判断することができます。
「少納言」で数えてみた
慣用句ではなく実際の優勝回数について、何らかの傾向はあるのでしょうか。毎日新聞の記事だけは一般的といえるか分からないので、新聞、雑誌、ネット記事、広報誌、書籍など多様な分野の文字をデータベースとして検索できる「現代日本語書き言葉均衡コーパス・少納言」で「度目の優勝」と「回目の優勝」を比較してみました。
まず総数は「度目の優勝」が51件、「回目の優勝」が17件でした。これは今回のアンケートの比率にだいたい対応しています。
次に、表示のリストで一つ一つの数字を確認します。「度目の優勝」の最大は「39度目の優勝」でした。対して「回目」の最大は「28」。これだけ見ると「度」の方が大きな数について使われていることになりますが、たまたまかもしれません。
ちなみに「39度目の優勝」はラグビーの大学日本一を決める試合で、地方紙掲載です。この記事の発生元はわかりませんが、一般的に地方紙は提携する共同通信社配信の記事を使用することが多いので、共同通信はどうしているかというと、「優勝回数は『○度目』とし、『○回目』は使わない」とのこと。必然的に、このリストにも地方紙の場合は共同通信の方針という偏りが表れるといえるでしょう。
そこで、地方紙を外して数え直してみます。「度目の優勝」は32件に減りました。「回目の優勝」に地方紙はなく総数は変わりません。そして、最も大きな数は「22度目の優勝」に対し「28回目の優勝」と「回」の方がやや大きくなりました。
さらに「度目の優勝」「回目の優勝」それぞれに対し、数字がどの割合で出ているか調べました。
| 1~3度目 | 53% | 1~3回目 | 24% | |
| 4~6度目 | 34% | 4~6回目 | 34% | |
| 7~9度目 | 3% | 7~9回目 | 24% | |
| 10~12度目 | 6% | 10~12回目 | 0% | |
| 13~15度目 | 0% | 13~15回目 | 6% | |
| 16度目以上 | 3% | 16回目以上 | 12% |
そもそも数字の大きくなるほど、記述そのものが減るということも踏まえた上でのざっくりした分析ですが
・「度」は1~6の範囲で使われる割合が高い。
・「回」は数字が大きくなっても使われやすい。
――という結果です。
統一する必要はあるか
母数が同じではないのでパーセンテージを示しましたが、母数の一方が17と少なく、しかも一部を排除した数字を比較することに統計上意味があるのかという疑問の声も出そうです。それでも、数が増えると「回目の優勝」が多くなる傾向がやや表れたということはいえるのではないでしょうか。
だからといって、例えば7くらいを境に「7回目の優勝」の方がよいと主張するつもりは全くありません。単に、いちいち迷うのは非効率なので「度」で統一するという判断もありうべきだと思います。ただ、例えばサッカー日本代表敗退を受けた次のような記事の不統一はどうでしょう。毎日小学生新聞に折り込まれる主に中学生向けの解説記事です。

(7月4日「15歳のニュース」より)
「8回目の出場」は今後も数字が伸びることを期待し、「5度目」は決勝トーナメント初戦敗退の回数については伸ばすことを期待しない、という使い分けが働いているのかもしれません。筆者に聞くと意識していなかったそうですが、無意識でもそういう区別が働いていることが想像されるので、統一しなくてもいいと思いました。
(2026年07月06日)
どちらでもよいと分かっていても、どちらの方が使われやすいのか、気になることはあります。「回目」も「度目」も全く同じ意味ですが、使われ方に差はあるのでしょうか。
何でもいいのですが、4年に1度の一大イベントですから、サッカー・ワールドカップについて「度目の優勝」か「回目の優勝」か、毎日新聞データベースで「サッカー」「ワールドカップ」のワードを入れて検索してみました。「度目」336件、「回目」はちょうど200件(2026年6月16日現在、東京発行紙面に限ります)。
例えば前回カタール大会での「いよいよ8強激突」の記事では、ブラジルについて「6回目の優勝へ視界が開けてくる」とあります。一方、決勝の記事ではアルゼンチンが「3度目の優勝」とあります。意識して使い分けているとは思えないのですが、回数が増えると無意識にでも「回」を使いたくなるのでしょうか。皆さんはどう思いますか。
(2026年06月22日)

