12月3日に毎年恒例の「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2025』」が発表されました。ばっちり応募もして臨んだ校閲記者が見たその結果は……?!

「三省堂辞書を編む人が選ぶ『今年の新語2025』」の選考発表会が12月3日、東京・渋谷で開かれました。
「今年の新語」は辞書出版大手の三省堂が主催。この1年間を代表する言葉を公募し、三省堂の国語辞典の編集者が「大賞」以下ベスト10を発表します。今年話題になった言葉が対象の「T&D保険グループ 新語・流行語大賞」とは違い、一時の流行で終わらずに今後の国語辞典に載ってもおかしくないと考えられる言葉が選ばれます。
今回の応募総数は前回を上回る2378通、重複を除いて1192語が集まりました。
イベントは前半に「今年の新語」ベスト10の発表、後半に辞書ファンが集うイベント「国語辞典ナイト」が開かれました。まずは「今年の新語」選考発表会からリポートします。
【滝沢一誠】
目次
司会は元日テレの豊田アナ
ベスト10の発表とあわせて、「三省堂国語辞典(三国)」「新明解国語辞典(新明国)」「大辞林」「三省堂現代新国語辞典(三現新)」のいずれかの辞書に載せる想定で編集委員が執筆した語釈も発表されました。
三省堂辞書出版部の部長で大辞林編集長の山本康一さん(新明国も担当)、三国編集委員の飯間浩明さん、明治大教授で三現新編集委員の小野正弘さんの選考委員3人が出演。小野さんは大学の授業のため途中から登場しました。
今回の司会はアナウンサーの豊田順子さんが担当しました。豊田さんは日本テレビの元アナウンサーで、三省堂から今年刊行された「使える!用字用語辞典 第2版」の編著者の一人でもあります。

豊田順子さん(左)と山本康一さん
そんな今年のベスト10は……。

当日、会場で配布されたチラシより
大賞 ビジュ
2位 オールドメディア
3位 えっほえっほ
4位 しゃばい
5位 権力勾配
6位 男消し
7位 共連れ
8位 体験格差
9位 夏詣
10位 緊急銃猟選外(ベスト10入りしなかったものの、記録にとどめたい言葉)
今これ、チャッピー、取適法(とりてきほう)
ビジュを和語で言い換えると…
大賞が発表されると、会場から「おおっ」と声が上がりました。
ダンスボーカルグループのヒット曲がきっかけの一つとなって交流サイト(SNS)から広まり、今年の新語・流行語大賞でも「ビジュイイじゃん」としてノミネートされた言葉です。

順番に三現新、三国、新明国、大辞林の語釈が紹介されました。新明国の語釈が昨年と打って変わってシンプルというか、なんだかさめた態度になりました。




「ビジュ」を大賞に選んだ要因として、飯間さんは「相手を選ばないところが包摂的だ」と話しました。
「大げさにいうと、『美人』とか『ハンサム』とか『イケメン』とか、人の容姿を褒める言葉の概念を覆したと思います。例えば『あなたはイケメンですね』と言うと、その一方には『イケメンじゃない人がいる』という含みがあります。美人は適用範囲が限定されて、モデルやアイドルっぽくない人は美人じゃないというふうに分けられちゃいますよね。でも、『ビジュ』であれば『今日、ビジュいい』と言える。私だって『ビジュがいい』わけですよ」(飯間さん)
飯間さんのコメントを聞いて、私は2000年代にネット上でたびたび目にした「※ただしイケメンに限る」というフレーズを思い出しました。どれだけ良いセリフを言っても、末尾に「※ただしイケメンに限る」と付けると台無しになる……というネットミームです。
肯定的な言葉を並べても、俺ら(特に男性を念頭に置いた当時のネットユーザー)には関係ないという一種の「あきらめ」と、きれい事を言う人々への反感が込められていますが、確かに「ビジュ」にはこうした断絶を感じないように思います。

小野正弘さん(左)と飯間浩明さん
「ビジュ」に略す前の「ビジュアル」は人の見た目を指す言葉としても1990年代からみられたようですが、山本さんは日本語のより古い言葉に関連して「和語の『色』という言葉が似ているんじゃないか」と指摘しました。
大辞林4版によると、「色」には「物の表面に表れている、そのものの状態」という語釈のほか、「顔色」「情趣」「きざし」「情愛」などの語義もあり、そのまま「容姿」という意味も含まれます。「そういう風に外に出ているものを色(と呼び)、今風にいうとビジュ。古くからの和語的なんじゃないか」(山本さん)
日本語のオノマトペに詳しい小野さんは、発音の観点から「普通、濁音で始まる言葉はあまりイメージが良くないのに、これは二つも濁音が入っている。でも、そんなに悪くない響きを持っている。最後に拗音(ようおん)が入っているから、ちょっとかわいい感じになったんだと思います」と評しました。
確かに、近年の新語でベスト10入りした「かわちい(23年3位)」や「メロい(24年6位)」と比べてもインパクトのある語感ですが、言葉が短いこともあり、そこまで否定的な印象がありませんね。
載ってないって伝えなきゃ
2位の「オールドメディア」については「ここだけは皆さんにユーモア抜きでおわびをしなければなりません」(飯間さん)ということで、発表会の準備中に三現新7版に掲載されていることが判明したそうです。

既存の辞書に掲載されている語は原則的に対象外になりますが、それでも残した意図として山本さんは「選考委員が『やっぱり載せるべきだ』と白熱してしまったが、意義はあると思う。この言葉は今年の言葉として評価していただきたい」と話しました。
「三現新」はオールドメディアの語釈を中立的な評価で書いていますが、今年の新語に合わせて飯間さんが発表した語釈には「けなした言い方」と否定的な注記があります。
最近の選挙で旧来のメディアの予測が軒並み外れ、SNSの影響力が増えてきているのは言うに及ばず、その前から新聞やテレビを読んだり見たりする人はどんどん少なくなってきています。にもかかわらず、オールドメディアの「オールド」な価値観は一向に変わらないなと、「オールドメディア」の中にいる私でさえ強く感じています。
とはいえ、ヒップホップなどの文化で伝統的、古風なスタイルを指す「オールドスクール」は必ずしも否定的な印象ばかりではないように、オールドだからといって悪いことばかりではありません。
ベテランのアナウンサーの豊田さんも「『けなした言い方』というのはまだ分からないぞ、と。オールドならオールドなりの経験がしっかりあるので、これからどんな時代になっていくのか興味深いんじゃないかと思います」とコメントしました。ネットやSNSの弊害も指摘されている中で、感情に流されない客観性や正確さなどの「オールド」な価値観を生かしていくしかないと思います。

意外なことに、3位の「えっほえっほ」は主要な辞書には軒並み載っていない言葉でした。
白いメンフクロウのヒナの写真と一緒に拡散したネットミームですが、SNSでバズる前から走るときのかけ声として定着していたように思います。実際、今年の選評によると約100年前の俳句雑誌にも用例があるようです。それでも、童謡の歌詞に登場する「えっさえっさ」は主な辞書に載っているのに「えっほえっほ」は収録されていませんでした。
「感動詞が一つ加わった。感動詞は辞典の中にあまりない」(小野さん)、「感動詞の扱いがちょっと軽かった」(飯間さん)という要因があるようで、確かに自然に使っている感動詞をわざわざ辞書で調べる機会ってないよな……と考えつつ、国語辞典の意外な「弱点」を発見した気がしました。
予想するともっと楽しい
10位から発表されていくのですが、前半は流行語大賞トップテンにも選ばれた「緊急銃猟」から始まり、「体験格差」「共連れ」「男消し」「権力勾配」と、近年問題とされている事象や明るみに出た社会問題がランクインしました。
それにしても、今年のベスト10を一覧で見ると右側(前半に発表された下位の語)と左側(後半発表の上位の語)でなんだか見た目が違うようです。

「右側が漢字ばかりの黒い世界で、左側がひらがなとカタカナの抜けた世界。今回の発表の仕方そのものが『ビジュ』で出している。漢字ひらがな格差、勾配ができていますね」(小野さん)
前回の「今年の新語」の発表を見たことがきっかけで、今回は私も候補を何通か応募してみました。
現在33歳で、いわゆるZ世代で流行している言葉やSNSで拡散している語にはあまり詳しくありませんが、普段の校閲作業の調べ物で目にするネットの投稿やよく聴くラジオ番組でパーソナリティーやお笑い芸人がよく話している言葉を参考に考えてみました。
結果、大賞の「ビジュ」と4位の「しゃばい」が選ばれたほか、「強火」(ネット用語で、特定の人物や作品、事物を熱狂的に応援し、好意や愛情などの肯定的な感情が強い様子。「強火のオタク」などの用例があります)が新明国編集部の選出した10語に入りました。
これまでも「今年の新語」は楽しみにしていましたが、自分であれこれ予想してみると「当たった!」「この言葉もあったか~」と発表がより面白くなり、この一年の出来事を振り返るきっかけにもなりました。
さっそく年も変わらないうちに。次回の「今年の新語」に選ばれそうな言葉をメモしはじめています。来年はどんな新語が生まれるか、今から楽しみです。

今回と前回の大賞、歴代の大賞が書かれた缶バッジがプレゼントされました。並べるとビジュが強い
(イベント後半の「国語辞典ナイト」の模様は後日掲載します)
