「100段のひな段に並ぶひな人形は圧巻だった」という文。直すとするとどこをどうすればよいでしょう。一つとは限りません。また、間違いと思った部分は本当に間違いなのでしょうか。
「100段のひな段に並ぶひな人形は圧巻だった」
こういう文があったとします。実際に新聞やネットの記事でこれに似た文を目にすることがあるかもしれませんが、特定のメディアから引いたものではありません。
この文には二つ、問題にしたい部分があります。
目次
「ひな壇」か「ひな段」か
まずは「ひな段」。すぐに「ひな壇」の間違いだ!と気づいたかもしれません。しかし、本当に誤字といえるでしょうか。
例えば広辞苑を引くと漢字は【雛壇・雛段】と「段」も掲げられています。「ひな段」は間違いだと鼻息荒く主張したら、この権威ある辞書の前に鼻っ柱が折れるでしょう。
両表記を併記する辞書は広辞苑だけではありません。誤用に厳しいというイメージのある明鏡国語辞典でも【雛壇・雛段】と併記されています。
ちなみに、現在改訂作業が追い込みの毎日新聞用語集では、現状は
(雛壇)→ひな壇
とあり、「ひな段」は載っていません。ということは「ひな壇」がいいのだなと思いがちですが、実は「ひな段」が間違いと示してあるわけではありません。間違いなら毎日新聞用語集では
(▲雛段)→ひな壇
と、誤字を示す記号を付けて掲げるはず。そうでないなら、誤字とかは関係なく「雛」が常用漢字でないので平仮名で書こうという勧奨にすぎないのです。
では「雛壇」のみを掲げる辞書はあるでしょうか。岩波国語辞典は【雛壇】だけで「雛段」の併記がありません。ところが「段」を引くと用例に「雛段」とあり「壇」には「雛壇」がないではありませんか。
「雛段」を載せる辞書は限定的
他には。三省堂国語辞典は新語や俗用をこれでもかというほど載せてくれるのですが、【雛壇】のみです。その他、新明解国語辞典、新潮現代国語辞典、新選国語辞典、旺文社国語辞典、集英社国語辞典なども【雛壇】だけ。現在出ているすべての辞書に当たったわけではないのですが、「雛段」を載せる辞書は限られるようです。
これまで調べた中では学研の新レインボー小学国語辞典が【ひな段】のみを掲げていました。ただ、これは「壇」が中学校で習う漢字という事情が大きいと思われます。同じ学研から出ている中学生からが対象の現代標準国語辞典では【雛壇】としかありません。同辞典の語釈は「ひな人形をかざる、階段形の壇」とあり、階段の「段」の形をした「壇」であるという解釈でしょう。
さて、冒頭の文例に戻ります。「100段以上のひな段に並ぶひな人形は圧巻だった」
この100段の「段」が目くらましになるかもしれません。しかし何段であろうと、ひな人形を飾る所は「壇」と判断するのが大方の解釈と考えます。もちろん「ひな段」も一部の辞書にはあるので、校閲の際は「ほとんどの辞書は【ひな壇】ですが」とことわって疑問出しをすべきだと思います。
「圧巻」の使い方は
では、次の問題点に行きましょう。「並ぶひな人形は圧巻だった」の「圧巻」の使い方です。
これについては当サイトでも以前取り上げたので簡単に記します。

「圧巻」は「書物・劇・楽曲などの中で、最もすぐれている部分。また、勢ぞろいしたものの中で最もすぐれているもの」(明鏡国語辞典)
つまり、たくさん並んだひな人形のうち一つの出来がとても美しい場合それを「圧巻」とほめるのが本来的な使い方です。全体の印象で「圧巻」と表すのは、個人のしゃべり言葉ならよく聞きますが、書き言葉では避けた方がよいでしょう。
最後に、お知らせです。毎日小学生新聞連載の「美術でござる」が2巻の本になりました。作者はNHK「びじゅチューン!」でも楽しいアニメを作っている井上涼さんです、美術にあまり関心がない方でも必ず楽しんでいただけると思います。3月5日発売です。
その制作過程を伝える記事の一部にこうありました。
「美術でござる」の全ての連載を並べた様子は圧巻でした。
全部並べているので「圧巻」はあかんと思いました。本はオールカラー。「壮観」が適切ではと指摘し、直りました。
【岩佐義樹】