関東ではようやく紅葉の季節。皇居では今年は11月25日(土)~12月3日(日)に乾通りの一般公開があります。過去には「モミジやカエデなどが紅葉」という原稿がありましたが、はて、このモミジとは何でしょう?
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「新緑の紅葉」これいかに
「ヤマザクラの花や紅葉の新緑に囲まれた庭園」というくだりを目にしたら、「あれ?」と感じるのが普通だろうと思います。「紅葉の新緑」って? 葉っぱは赤いのか緑なのか。
もちろん「ヤマザクラの花」からも分かるように、これは春のお話。ならば「新緑」は正しいはずで、「紅葉」は葉の色を示す「こうよう」ではないと察しがつきます。書き手は植物の種類として「もみじ」といい、なおかつ漢字で「紅葉」と書いたのでしょう。「もみじ」は「紅葉」の熟字訓として常用漢字表で認められており、「紅葉の新緑」とすることも全く無理とは言い切れないのかもしれません。
しかし、やはり気になります。葉の色が問題になっている場合に、植物の名を「紅葉」と表記することには問題があるのではないでしょうか。
モミジを「紅葉」と書くと混乱
辞書の多くは「もみじ」について「秋に、草木の葉が赤や黄に変わること。紅葉(こうよう)すること。また、その葉」「楓(かえで)、または楓の葉をいう」(日本国語大辞典)のように説明します。要するに「もみじ」の用法は
①秋に草木の葉が赤く色づくこと
②赤く色づいた葉
③中でも特にカエデの仲間とその葉
――となるのですが、一部の辞書では「イロハモミジおよびその近縁のカエデ類の別名」(大辞林)、「盆栽界では、葉の切れ込みの数が五つ以上のを『もみじ』と言い、三つのを『かえで』と呼び分ける」(岩波国語辞典「かえで」の項)と、より限定的な語釈を載せています。つまり
④主に「モミジ」という名で呼ばれるイロハモミジ(イロハカエデとも)、オオモミジなど限定的な種を指す
――という用法もあるようです。一つの語が複数の意味を持つのは普通のことですが、「もみじ」では表記が意味にも干渉する場合があり、混乱の原因になります。冒頭に挙げた一文の「紅葉」は④が当てはまるはずですが、漢字表記することで①の用法を強く示唆してしまい、違和感を生んでいます。
別種のイロハモミジとトウカエデ
一方、次のような例はどうでしょうか。2015年12月、皇居において乾通りの通り抜けが行われましたが、記事は「沿道に植えられたモミジやカエデなどが紅葉している」と描写していました。ここでは、③の用法で同一視されているものが書き分けられ、何を指しているのかが分かりにくくなっています。もしかすると、書き手はモミジとカエデを全く別種の植物として考えたのかもしれません。
実は、その前年に催された同企画の記事には「通りの両側にはイロハモミジやトウカエデが植えられ……」とありました。このように種の名前を挙げられれば納得がいきます。しかし、これを縮めて「モミジ」「カエデ」とするのはいただけません。「もみじ」の用法の微妙な違いを踏まえなかったことで、無用な混乱を生んでいると思います。
関東ではいよいよ「紅葉」の盛り。ここは「もみじ」でも「こうよう」でも問題ないところですが、書き方次第で読者に意味の伝わらなくなる「もみじ」もあることを、心に留めておかなければと思います。
【大竹史也】
(2016年11月6日毎日新聞「校閲発 春夏秋冬」より)