by きっちん
テレビでたまたま35年前のアニメ「機動戦士ガンダム」の再放送を見ました。「ザンジバル、追撃!」の回です。ザンジバルというのは、ガンダムに乗る主人公アムロたちの敵軍の宇宙戦艦。そこに乗り込むのは、アムロのライバル、シャア大佐です。彼はアムロたちの乗る戦艦を追う際にかっこいい声で言い放ちます。「追撃戦だ」
何度も見たアニメですが、この「追撃」の使い方が今になって気になりました。追撃とは多くの辞書では「逃げる敵を撃つために追いかけること。おいうち」という意味とあります。「逃げる敵」というのは戦闘で負けて逃げるという状況でしょう。それは「追いうち」という類語でよりはっきりします。追いうちをかける側は、明らかに優位の力関係にあります。
しかし、シャアはその回までに何度もガンダムに挑んでは、そのたびに退けられ、自軍の兵士や兵器を多数失いました。はっきり言って負け続けなのです。しかも、この回でガンダムとそれを擁する戦艦は別の戦場へ向かっただけで、撤退ではありません。それに対し「追撃」というのは、立場が逆なのではないか?
実は新聞でもこの「追撃」の使い方はしばしば問題になります。たとえば野球やサッカーなどの見出しで、2位や3位のチームについて「首位追撃」と使われたり、負けたチームを示す見出しで「追撃及ばず」と書かれたりします。
この使い方を反映して、「三省堂国語辞典」の最新版では、「優勢なほうを追い落とそうとすること」という趣旨の意味を加えています。「新選国語辞典」(小学館)にも「スポーツでは」と断ったうえで同様の注釈があります。
負けている方について「追撃」が使われるのはなぜでしょう。勝っている側に関しては「逃げ切りを図る」という言葉があるように「逃げる」意識があり、負けている側には「今は劣勢だが、勝負はまだ終わりではない。今に逆転する」と敵を「追う」イメージがあるということが、理由の一つとして考えられます。しかし「追」の字を使いたいなら「追い上げ」「猛追」など別の語もあり、「追撃」を使う理由にはなりません。
一方、本来の使い方である、撤退する相手に対する「追撃」が廃れたわけではありません。たとえば毎日新聞で連載中の宮城谷昌光さんの「劉邦」で使われる「追撃」は、必ず勝っている方の言葉として書かれています。司馬遼太郎さんの「坂の上の雲」でも本来の「追撃」が使われています。さすがに歴史小説の作家はこころえているのでしょう。
毎日新聞でも、本来の使い方を大事にしたいということで、最近電子書籍として発売した「毎日新聞用語集」の「誤りやすい表現・慣用語句」で次のように注意しています。「『敗走する敵・劣勢にある敵を追いかけて更に攻めること』が本来の意味。スポーツなどで、先行する相手を攻めるような場面では、『追い上げ』『猛追』などと書く」。ちなみに新聞・通信各社とも同種の本は出版していますが、この語に明確な指針を示しているのは今のところ他社では見当たりません。
ただし、記者の文章なら本来と違う「追撃」は直すようにしていますが、取材対象の発言をカギカッコで記す場合は困ります。衆院選を迎え野党から「自民を追撃する」などという発言が飛び出さないよう祈っています。
【岩佐義樹】