「安房の鳴門か音戸の瀬戸か伊良湖度合い(水道)が恐ろしや」
ある日、こんな歌が書かれた原稿が出てきました。鳴門=鳴門海峡と思った私は「安房(あわ)にも渦潮があって、まるで鳴門海峡のようだとうたっているんだな」と、独自の解釈をしてしまいました。
ええ、もちろん、「阿波(あわ)の鳴門」の単純な変換ミスです。この歌は難所といわれる「日本三海門」をうたった船頭歌で、「阿波の鳴門」は徳島県鳴門市と兵庫県の淡路島の間の海峡を、「音戸の瀬戸」は広島県呉市の本州と倉橋島の間の、わずか90メートルの狭い海路のことを指します。「伊良湖水道」は愛知県田原市の伊良湖岬と三重県鳥羽市の神島の間にある海峡のことです。
今回はミスに気付き紙面化は免れましたが、時間に追われているときなどは要注意です。しかしなぜ、おなじ「あわ」と読む国が存在したのでしょうか。地名語源辞典などを参考に調べてみました。
阿波は現在の徳島県の旧国名。諸説ありますが、古く忌部(斎部=いんべ)氏によって粟(あわ)が栽培されていた地で、「粟国」が由来だそうです。古事記にも「粟の国」とあります。一方の安房は千葉県南部の旧国名です。平安時代初期の歴史書、「古語拾遺」には、肥沃(ひよく)な土地を求めて阿波から斎部氏の一部が移り住んだ場所を安房郡と名付けたとあり、718(養老2)年に安房国になったそうです。
およそ500キロ離れた二つの「あわ」は、はるか昔からつながっていたようです。気づけばなんてことのない変換ミスですが、調べてみると意外な発見があり、「あわ」の歴史はまだまだ奥が深そうです。独自解釈や思い込みという渦潮に巻き込まれないよう、慎重に言葉の海を渡っていかなければと、肝に銘じたのでした。
【尾形美保】