風薫る5月、楽しみにしていたイベント「国語辞典ナイト」が開かれました。久しぶりの単独開催となった今回は辞書ビブリオバトル! いつもの面々が「推し辞書」をプレゼンしまくるのです。「辞書初心者」の校閲記者がリポートします。
5月6日、ゴールデンウイークも終わりに近づく夜、東京・渋谷でイベント「国語辞典ナイト」が開かれました。
今回のテーマは「愛したい、愛されたい辞書ビブリオバトル!」。
ビブリオバトル形式はイベント開催10年で初の試みとのこと。そんな記念すべき1回に、辞書初心者の校閲記者が参加してきました。
【西川桜衣】
メンバーはおなじみ、三省堂国語辞典(三国)編集委員の飯間浩明さん、ライターの西村まさゆきさん、国語辞典マニアで校閲者の見坊行徳さん、国語辞典マニアで講談社の校閲者、稲川智樹さんと司会のライター、古賀及子さん。
ビブリオバトルは前後半2回にわけて行われ、前半は「国語辞典」というしばりで、登壇者それぞれの「推し辞書」が紹介されていきました。
目次
飯間さん「新修広辞典」
トップバッターは飯間さん。「新修広辞典」。
飯間さんが愛用していたのは第3版だそうです。推しポイントの一つはとにかく写真が豊富なこと! 「噓(うそ)発見器」の写真は筆者もつい身を乗り出して見てしまいました……。
自分でも見てみたくなって、図書館で借りられた第4版を見てみましたが、残念ながら、説明のみで写真は見つけられず。
一方で「カーニバル」の見出しについていた写真が、想像と違っていて面白かったです……ご興味ある方ぜひご覧になってみてください!
第4版でも見開きで数えて8割強のページに写真やイラストがあり、見ているだけでわくわくしました。
なんとなく多いということは実感したものの、ほかの辞書はどうなんだろう……?と気になり、国語辞書の図版について調べた以下のサイトを見てみました。
国語辞典の図版を数える : ①概要と結果(とても丁寧に調べられていて感動しました、おもしろい!)
このサイトで、どうやら「新選国語辞典」10版がイラストの数で「強い」らしいと知り、職場で調べてみました。
するとイラストがあるのは、同じように見開きで数えると全体のページの2割ほど、という結果に。
筆者調べゆえ不正確なところもあり、合計のページ数も違うため、一概には比較できませんが、「広辞典」の、開けば開くだけイラストに遭遇する……という感覚が伝わればうれしいです。
西村さん「新潮現代国語辞典」
続いて西村さんの「推し」は「新潮現代国語辞典」。
用例が小説や評論などから採録されており、前後の文脈で想像が膨らみます。
言葉を説明するために作られた用例ではなく、「作家が何かを伝えようとして使った言葉」が採用されているという部分が西村さんの推しポイント。
こちらも気になって図書館で借りて見ましたが、なんと付録に付いている、「文法の手引」(日本語文法の解説)の用例にも、森鷗外や夏目漱石の作品が使われる徹底ぶり!
文法の教科書、筆者はちょっと苦手でしたが、これならやる気出せそうです……!
「作品」から採録されている、ということでふと、筆者が大学時代、毎日のようにお世話になっていた「日本国語大辞典」(日国)2版を思い出しました。
そこでビブリオバトルで紹介されていた、「にくい」の項目の中で、意味が似ている語釈同士の用例を比べてみました。
新潮現代国語辞典の用例は、石川啄木の「一握の砂」をはじめ、夏目漱石の「坊っちゃん」、二葉亭四迷の「浮雲」、谷崎潤一郎の「異端者の悲しみ」から採録されていました。
(ジャパンナレッジより抜粋)
一方、日国では万葉集や枕草子からも採録があり、新潮現代国語辞典と比べるとかなり幅広い年代の作品からとられていることがわかります。
用例を採録する作品について、日国は「用例を採用する文献は、上代から現代まで各時代にわたる」とし、その採録の基準について、①その意味・用法について、もっとも古いと思われるもの②わかりやすいもの③和文・漢文、散文・韻文など使われる分野の異なるもの④用法の違うもの、文字づかいの違うもの――を挙げていました。
こちらでは用例同士を比べて、その語の、さまざまな時代、作品ジャンルにおける使われ方を比較することができそうです。
新潮現代国語辞典は「原則として、幕末以降、昭和二十年までの文献より採集したものを主とした」としていました。巻末に挙げられている主な引用文献を細かく見ても、それらの刊行年は1845~1988年と日国と比べるとかなり焦点がしぼられていると感じました。
比べてみた筆者の感想としては、新潮現代国語辞典を引けばその言葉を「自分で使えるようになる」のではと思いました。特に近代の作品などは現在の自分の生活や環境に近い描写も多く、用例の状況が想像しやすいので、引いた言葉を生活に取り入れて自分のものにできそうです……!
稲川さん「旺文社国語実用辞典」
続いて稲川さんの「推し」は、「旺文社国語実用辞典」。
こちらもイラストや写真が多数。さらにそれらが両側に寄せて掲載され、見やすいのも特徴です。稲川さんの推しポイントでもあります。
こちらも気になって、図書館で見られた、「新訂版」で見開きでイラストや写真(表はのぞく)がないページを数えてみました。
すると筆者が見つけられたのはわずか4ページのみ……。割合で考えると見開きで9割以上にイラストか写真が登場しています!
一方で「蝶(ちょう)」の語釈が「昆虫の一種」としか説明されていないなど、一見国語辞典としては不足があるのか?と感じていましたが……。
こちらと飯間さんの「広辞典」は「実用辞典」というジャンルで、その語の意味や使い方よりも、それに付随して掲載される情報が役立つ辞書。
たとえば、上の「蝶」の項目でも、ペン字の書き方が分かったり(画像下部)、「規則」の項目では我々が普段気軽にインターネットで引いてしまいそうな類語が「参考」として挙げられていたり……。
稲川さんいわく「割り切っている」。
単純にそれがなにか知りたい、という人はこの辞書を見ないだろうと踏み、その分他の情報を充実させているのです。
「実用に徹する実用辞典に学ぶことは多いのではないか」という結びには、なんだか自分の人生における取捨選択に言及されたようで、ドキッとしました。
見坊さん「ローマ字で引く国語新辞典」
前半ラストの見坊さんの「推し」は「ローマ字で引く国語新辞典」。
見坊さんは「語釈はぶっちゃけ『辞苑』のパクリ」が多いとしつつ
その独自性が表れる部分に注目。
たとえば、動詞「成る」の語釈を「辞苑」の語釈(写真右)とくらべると、語釈の数も並べ方も違っています。
これは「英語に訳すとどうなるか」という観点から語釈が考えられている、この辞書の特徴なのだそうです。語釈の後ろに英訳もついていて、筆者はそれが語釈の意味をより鮮明にしているように感じました。
さらに面白いのは、「ねぎ」の語釈。
「関東では白根をよろこび、関西では葉葱をよろこぶ」……。
筆者は関東生まれ、関東育ちのため、実感が全くありませんでした。こういう情報が辞書に載っている、というのも想像しておらず、思わず「そうなんだ……」とつぶやいてしまいました。みなさんはどちらがお好みでしょうか。
そのほか、「英語」的な観点から見た、厳しい「脚注」も。
脚注がついている辞書を見坊さんはこれ以外に見たことがないそうで、脚注をつけてまで、「正しくはセミ・プロ」「日本でも(中略)野球団のごときは、ノン・プロといいながら、現実にはセミ・プロである」とする説明ぶりには筆者も「強気だ……」とつぶやいてしまいました。
見坊さんが「和製用法に厳しい」とするこの辞書の特徴を表しています。
普段、辞書を引いていてあまり意識しないことに、「英語」があるからこそたくさん気がつかされました。ちょっとかしこくなった気がして、誰かに話したくなります。
バトル前半戦の勝者は?
ここまでのそれぞれの「推し」紹介を通して、会場では4冊の中から一番ひかれたものに投票する時間がありました。筆者もいそいそと投票し、結果は……。
西村さんの「新潮現代国語辞典」が圧勝! 筆者も実はこちらに投票していました。
大学時代の専門が国文学だったので、当時の記憶が呼び起こされてしまいどきどきしたのも理由の一つです。みなさんの「推し」はどれだったでしょうか?
続く後半戦は制限なく、全ての辞書の中から選ばれし「推し辞書」たちが登場します。
(後編につづく)