選挙の記事の書き方は、公平を期すために厳密に定型化している部分もあり、やや平板な印象を持たれる読者の方もいらっしゃるかもしれません。しかし、だからこそ、小さな変化に気づきやすいということもあるように思います。
選挙の定型記事で、このところ気になるのは「●●氏が▲▲市長に再選した」と書いてくる記者が多いことです。私の語感では「~が~に再選された」というほうが自然に感じます。辞書はどうなっているでしょうか。たとえば広辞苑はこうです。
◆広辞苑(第6版)「【再選】再度選挙をすること。また、再度の当選。『――を妨げない』『――を果たす』」
この書き方ですと、「再選」という名詞のみを認め、「再選する」というサ変動詞を認めていないようにも見えます。はっきり書かれていないので類推しようとすると、「再度の当選」というところに注目してしまいます。「当選」ですと「~が~に当選された」ではなく、「~が~に当選した」となりますね。とすると、「再選した」でもいいのでしょうか。もう少し他の辞書を見てみましょう。
◆日本国語大辞典(第2版)「【再選】〔名〕再度選挙すること。また、選挙で同じ人を再び選出すること。再び、当選すること」
広辞苑とあまり変わりがないように見えますが、「選挙で同じ人を再び選出すること」という一節が加わっています。これですと「選出する」ことなので「●●氏は」とくれば「再び選出される」、すなわち「再選される」もよいと解釈できます。他にも手近にあった辞書の記述を見てみます。
◆岩波国語辞典(第7版新版)「【再選】〔名・ス他〕選挙などで同じ人を再び選出すること。また、二度めの当選」
◆大辞泉(第2版)「【再選】〔名〕スル 選挙で、前回選ばれた人を再び選出すること。また、再び選出されること。『――をはたす』『委員長に――される』」
◆明鏡国語辞典(第2版)「【再選】〔名〕(1)〔他サ変〕選挙などで、同じ人をふたたび選ぶこと。(2)二度目の当選」
大辞泉の記述には「委員長に――される」の用例があり、はっきり「される」がよいと分かります。岩波と明鏡には、サ変の他動詞を作ると書いてあります。他動詞ということは目的語を取るということですから、「■■は●●氏を▲▲市長に再選した」という構文になるということです。目的語を主語にして起こすと「●●氏は▲▲市長に再選された」と受け身になりますから、こちらもやはり「再選される」がよいと解釈できます。
ところが、気になる記述のある辞書もありました。
◆三省堂国語辞典(第6版)「【再選】(名・自他サ)(1)もう一度・選出(選挙)すること。(2)もう一度当選すること」
三省堂国語辞典は自動詞も作ると書いてあります。この書き方は、普通には(1)(2)両方の意味で自動詞もあると解釈できます。すると、「再選した」もあり得ることになります。特に(2)の意味で「再び当選した」ということを「再選した」と言っているのだとすると、「された」とするほうがおかしくなります。しかし、明鏡を見ますと、「再選」がサ変動詞を作るのは(1)の意味の場合に限っていて、「二度目の当選」については名詞のみしか認めていません。辞書の中でも割れている状態と言っていいと思います。
ただ、三省堂国語辞典のような記述はこの1冊しか見つけられませんでしたので、今のところ、多数派に従っておこうと思い、その旨筆者に伝えると「『●●氏が▲▲市長に再選』と体言止めにしてください」とのこと。選挙での関係性を曖昧にするようで、体言止めもあまり賛成できないのですが、字数の問題もあり、やむを得ずそう直しました。実際、多くの記事で体言止めになっていると思います。
先の構文の「■■」に当てはまるのは「選挙区の有権者」です。有権者が市長を選び、市長は有権者に選ばれた、という関係を、選挙の度に確認することは、決して無駄ではないと思うのです。そのためにも、再選「さ・れ・た」の3文字を省略せずにすむ簡潔な文章を、もっと追求していきたいと思います。
【松居秀記】