統一地方選第1ラウンド投開票日を迎えました。当選者を主語にする書き方は「再選する」か「再選される」か、というテーマを扱った毎日新聞の過去の記事を紹介します。
「選挙で『○○が再選』ってよく書くけど、あれは『再選した』って続けるのがいいのかな。それとも『再選された』なの?」と他部署の人に聞かれました。その場では「再選は『再び選ぶ』だと思うので、当選した人を主語にするなら『再選された』が良いのでは」と答えましたが、調べてみるとそう簡単な話ではないようです。
目次
90年代から「が再選した」が顕著に
毎日新聞の過去の用例を振り返ってみます。記事データベースで全文検索できる1987年以降で「が再選した」など明らかに自動詞として使われている例と「を再選し」「が再選され」などの他動詞的な用例の件数を比較してみると、90年代半ばから自動詞的な用例が顕著に増えていることが分かります。
それ以前の記事も見出しから検索はできるので調べると、約100年前の毎日新聞の前身・東京日日新聞に「(米国大統領)ウ井ルソン氏再選し……」(1916年11月11日)など、自動詞的用例がちらほら出てきました。ゼロでなかったことは意外でしたが、90年以前は他動詞的用法が圧倒的ではあったようです。毎日新聞だけでなく、他紙でも同じ傾向が見られます。最近になって自動詞的用法が増えてきたのはどういうわけでしょうか。
一般論として、「する」を付けることで動詞になる漢語は、和語に比べて自動詞・他動詞両用の語(解決、収束、生育、露出など)が多く、用法に混乱が起きやすいと考えられます。また和語には「割れる」「割る」、「乾く」「乾かす」、「直る」「直す」など、語尾で自動詞か他動詞かを判断できるものもありますが、漢語動詞はすべて同じ形なので、見た目からは自動詞・他動詞を判断できません。つまり、語の意味から自動詞・他動詞のどちらかに限定できるもの以外は、揺れ動く可能性をはらんでいるということです。
新聞の体言止めが影響か
新聞では文字数の制限の要請が強く、「某が再選。」のように体言止めが多用されるほか、「某が再選を果たした」という本文に「某が再選」と見出しをつけることもよくあります。このような表記に慣れ、「する」「される」に無頓着になりがちだという新聞特有の事情が用法の混乱に拍車をかけている面もあるかもしれません。
次に「再選」という言葉自体に注目してみましょう。同じ構造の「再○」という語は「再開、再起、再建、再現、再考、再生、再燃、再発、再編」など、いずれも「再び○する」という意味で、「再び○される」というものはありません。「再選」も「再び選ばれる」でなく「再び選ぶ」と理解する従来の他動詞的用法が素直に思えます。
両用あるが「再選され」が無難
ただ、「当選」や「多選」という語を国語辞典でみると、「選」を「選ばれること」「選び出されること」とする説明もあり、「再選」を「再び選ばれること」とする新しい用法も無理があるとまではいえません。「再選」に自動詞的用法が増えてきたことは、全く根拠のない変化というわけでもなさそうです。
一方、他動詞的用法も大きく減ったわけではありません。他動詞と自動詞が混在している記事も見かけますから、他動詞→自動詞というより、他動詞→両用という流れがあるといえるでしょう。言語学者の影山太郎さんによると、自動詞・他動詞両用の漢語動詞は、他動詞的用法が基本で、そこから自動詞的用法が派生して両用になると考えられるそうです。「再選」の用法の変化にも当てはまりそうです。
現在、ほとんどの国語辞典は「再選」を他動詞としており、自動詞も認めているのは、新しい用法を積極的に採用することで有名な三省堂国語辞典しか見あたりません。当面は紙面でも主として他動詞として使っていくほうが読者の方の違和感は小さいのではないかと思いますが、今後「再選」の語釈を「再び選ぶこと、再び選ばれること」とする辞典が増えていくかは気になるところです。
【田村剛】
(2017年5月6日毎日新聞「校閲発 春夏秋冬」より)
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【追記】その後の調査で、三省堂国語辞典のほかにも「再び当選する」という用法を記す辞書が見つかりました。二つ挙げます。
現代国語例解辞典5版(2016年)…[さいせん 再選]〈―する〉選挙で同じ人を再び選出すること。また、再び当選すること。
小学館日本語新辞典(2005年)…さいせん【再選】《名―スル》選挙で同じ人を再び選出すること。また、再び当選すること。
ただし、「再び当選すること」という語釈が名詞としての「再選」なのか、動詞として誰それが「再選する」という使い方を認めているのか、今一つ判然としません。全体的には自動詞的用法を明記する辞書は広がっていないといえます。