「充実する」という動詞の使い方について伺いました。
目次
「充実させる」が3分の2近く占める
行政は災害対策を「充実○○べきだ」――穴埋めするなら、どうしますか? |
充実すべきだ 23.9% |
充実させるべきだ 64.3% |
上のどちらでもよい 11.8% |
「○○を」という形で目的語を取る場合には「充実させるべきだ」を使うという人が3分の2近くを占めました。もっとも、3分の1強の人はこうした形でも「充実すべきだ」を使えると考えており、「させるべきだ」の方が“正しい”と断定するにはためらいを感じます。
「充実する」は自動詞? 他動詞?
国語辞典を引くと、「充実する」という動詞は自動詞であると考えているものが多いようです。他動詞と自動詞という区別自体が難しいものですが、岩波国語辞典(8版)は「語類概説」で次のように説明します。
動詞は自動詞と他動詞とに分けられるが、国語の場合この区別は文法的なものというより意味上のものである。他動詞は動作・作用が他に影響を及ぼす意を積極的に表した動詞、自動詞はそういう意を積極的には表していない動詞である。(中略)他動詞は助詞「を」のついた文節によって修飾され得るが、逆にそういう連用修飾語を伴えば必ず他動詞かと言うと、そうとは限らない。
大ざっぱに言うと、「~を」という目的語をとり、その目的語である対象への働きかけがはっきりしている動詞は他動詞と考えられ、そうでない動詞は自動詞と考えられる、ということです。
今回の質問で取り上げた「充実する」で言えば、目的語なしの「この町は災害対策が充実している」のような形は問題ないので、まず自動詞であることは間違いありません。自動詞の場合は目的語を取ると「~を充実させる」などとなります。一方で「政府は災害対策を充実する方針だ」のような形も自然に感じられるなら、他動詞であるとも言えることになります。その点を伺うのが今回の質問でした。
三省堂国語辞典は他動詞の用例を記載
回答から見られる解説では、三省堂国語辞典が最新版で「充実する」に他動詞の用法も認めたことを記しましたが、岩波国語辞典も最新の8版(2019年)では品詞の欄を「名・ス自他」として他動詞でもあると認めています。
ただし、岩波の「充実」の説明を見ると「内容が満ち満ちていて豊かなこと。力が豊かに備わってしっかりしていること。『―した生活』『―感』」とあり、他へ働きかける意味合いはあまり読み取ることができません。
一方、三省堂国語辞典7版は「充実」の項目で②として「質のいいものがそろうこと。また、そろえること」と説明し、「教員を充実する」という用例を挙げています。「そろえる」というのは働きかけの意味合いがありますから、他動詞としての性質を表していると言えるでしょう。ただし、三省堂国語辞典は他の辞書がまだ採用しない新しい用法も積極的に取り上げるのが特徴なので、ちょっと踏み込んでいる印象も受けます。
違和感を意識した使い方を
「充実」のような、漢語に活用語尾「する」を付けた漢語サ変動詞は、時代によって使い方が変わりやすい面もあります。以下の出典は割愛しますが、日本国語大辞典(2版)の用例には、「大に兵備を充実し……」(1868年)、「日本人民の食料を充実する……」(1871年)、「自己の運命を充実し発展し……」(1908年)といった他動詞の用例が見られます。
それならばやはり「充実する」を他動詞として使っても構わないのか。森田良行さんの「動詞・形容詞・副詞の事典」(東京堂出版)は漢語サ変動詞の自動詞・他動詞の用法について、
それは飽くまでその文章の書かれた時点での正否の判断で、時代を異にすれば、今日の自他とは異なる例も存在する。例えば「開通」は「トンネルが開通した」と自動詞として用いるが、古くは「忽(たちま)ちに心地を開通し浄刹に往生して…」(『沙石集』)と他動詞として用いるのである。
といい、使い方にはその時代の判断があってしかるべきだとしています。「充実する」についても簡単に正解を決定することはできず、私たちにとってなじむ用法は、同時代の使い方の中で決まると考えるべきでしょう。
今回のアンケートで、「充実する」を他動詞として使うとした人は全体の3分の1強。多数派ではありませんが、ごく少数というわけでもありません。「~を充実する」という形をおしなべて排除するというのも、いささか抵抗があります。ただし、現状の多数派は「~を充実させる」であり、その方が違和感を持たれにくいのも間違いないでしょう。そのことを意識した上での表現をすべきだろうと考えます。
(2020年10月13日)
「充実した学校生活を送る」「新しい計画は中身が充実している」といった形で使われる動詞「充実する」は自動詞とされてきました。一般に、自動詞は目的語を取りません。「~を○○する」という形で目的語を取ることはない、と言えば分かりやすいでしょうか。
しかし最近は「観光地での感染対策を充実すべきだ」のような形も目にします。この場合は「感染対策を」という目的語を取っているので、「充実する」は他動詞として使われています。自動詞であれば使役の助動詞を付けて「充実させるべきだ」とするところでしょう。
辞書を引くと、大半は「充実する」という動詞は自動詞だとしていますが、最近になって「自他」、つまり自動詞と他動詞の両方がありうるとする辞書が出ています。三省堂国語辞典は6版(2008年)では自動詞としていましたが、7版(2014年)では「自他」として「②質のいいものがそろうこと。また、そろえること。『教員を―する』」という説明を載せています。
新聞の校閲としては辞書の説明をにらみつつ、読者に違和感のない表現を使おうと考えるところですが、この「充実する」の他動詞的用法は浸透したものでしょうか。皆さんに伺ってみたいと思います。
(2020年09月24日)