75年前の夏に終わった戦争の呼び方について伺いました。
目次
「第二次世界大戦」「太平洋戦争」でほぼ二分
戦後75年。この戦争の呼び方はどれが適切ですか? |
太平洋戦争 38.5% |
アジア太平洋戦争 10.9% |
第二次世界大戦 47.9% |
十五年戦争 2.7% |
「第二次世界大戦」が最多となりました。これと「太平洋戦争」が多くなることは織り込み済みで、出題者としては「アジア太平洋戦争」がどれだけ支持を集めるかというところに一番の関心がありました。
というのも、5年前の戦後70年の年に、元新聞記者の大学の先生から下記のような趣旨の指摘があったためです。
・日本は公的な場でいまだにあの戦争についてのきちんとした呼称をもたない。
・太平洋戦争という用語はGHQが大東亜戦争に代わる呼称として普及させたもの。
・太平洋戦争では中国、東南アジア、インドなどの広大な地域が戦場だったことが伝わりにくい。
そのうえで、教科書で一部「アジア太平洋戦争」という表記が登場していることを踏まえ、これがより適切と紹介する内容でした。
追悼式では「先の大戦」
太平洋戦争の開戦というと真珠湾攻撃がクローズアップされがちなのですが、その同日つまり1941年12月8日には英領マレー半島などに進撃しています。石油などの資源を確保するという目的の重要性にもかんがみると、アジアを前に出す「アジア太平洋戦争」という用語の方が確かに、あの戦争を理解するのに適切かもしれません。しかし、アンケートでは1割という結果になりました。新聞でもこの語は時々使われるものの、主流ではありません。
政府や天皇の8月15日の全国戦没者追悼式での言葉は「先の大戦」など一般語で一貫しています。新聞でも、引用ではない地の文でも使われることが少なくありません。固有名詞ではなく「先の大戦」を使わざるをえないところに、あの戦争を指す言葉の難しさがあります。
「第二次世界大戦」にも難点が
「先の大戦」というと京都では応仁の乱のことという伝説がありますが、それはともかく多くの場合「先の大戦」「先の戦争」で誤解なく通じます。しかし、たとえば「先の戦争で310万人もの日本人が亡くなった」という場合、この「戦争」は1941年12月を起点にするのか、それとも37年から始まる日中戦争を含めてのことか、はたまた十五年戦争の起点となる柳条湖事件(31年)からなのか――が分からないという問題があります。
そこで戦争の名称が必要になるのですが、今年8月16日の毎日新聞朝刊では、全国戦没者追悼式を伝える記事の中で「日中戦争と第二次世界大戦で犠牲になった約310万人を悼んだ」とありました。間違いとはいいませんが、第二次世界大戦中にも当然ながら日本と中国との戦争は続いているので、これでは日中戦争と第二次世界大戦が別のものという誤解を与えかねません。太平洋戦争などとしても同じ問題が生じます。結局「日中戦争から続く戦争」などと曖昧に表記するのが一番正確という困った現状があります。
「太平洋戦争」は過去の呼称?
さて、中国文学者の高島俊男さんによる日本語エッセー「お言葉ですが…」に「あの戦争の名前」という一文があります。「昭和史の事典」という本を引用し「近現代史学界、すくなくともその進歩的部分では、いつのまにか『アジア太平洋戦争』というのがあの戦争の正式名称になっているらしい」「『大東亜戦争』は言わずもがな、『太平洋戦争』も、もはや過去の呼称となったもようである」とあります。
1996年に発表されていますが、はたして「太平洋戦争」は過去の名称になったのでしょうか。そんなことはないことは今回のアンケート結果からも明瞭にうかがえますし、図書館や書店に並ぶ本のタイトルを見る限り明らかに「太平洋戦争」が優勢です。
ただ、今年発行された講談社の学習まんが「日本の歴史」18巻のタイトルが「アジア・太平洋戦争」であることが目に付きました。高島さんは先のエッセーで「そのうちに皆様のお子さんたちも、『太平洋戦争じゃないよ、アジア太平洋戦争だよ』と言い出すようになるかもしれません」と記していますが、その予言が現実になりつつあるのでしょうか。
定着していない「アジア太平洋戦争」
では、最新の教科書はどうなっているでしょう。
検定を通った2021年度の中学歴史教科書7種のうち、見出しを含め「アジア太平洋戦争」を前面に掲げているのは「学び舎」版のみ。ほかは「太平洋戦争」を本文表記とし注釈で「アジア・太平洋戦争」に触れるものが見られます。例えば帝国書院版ではこうなっています。本文で「太平洋戦争(アジア・太平洋戦争)」、注釈で「太平洋戦争はアメリカ側が用いたよび方で,近年は,アジアも戦場であったことから,アジア・太平洋戦争ともよばれています。また,戦争中,日本はこの戦争のことを『大東亜戦争』とよんでいました」。
しかし、注記を含め「アジア(・)太平洋戦争」の語が見当たらないものが依然として少なくありません。一方、育鵬社版は「太平洋戦争(大東亜戦争)」を見出しに掲げています。育鵬社といえば、その中学教科書を他社に変更する自治体が相次いでいると、産経新聞のウェブニュースが「懸念」まじりに伝えていました。
ちなみに育鵬社の教科書を批判する「育鵬社教科書をどう読むか」(高文研、12年)という本では「育鵬社は一般に定着している『アジア太平洋戦争』という呼称に対抗し、あえて『大東亜戦争』という呼称を記載」と書かれています。でも、アンケートを見ても「アジア太平洋戦争」は少なくとも今「一般的に定着」とはとてもいえないでしょう。
歴史認識という色眼鏡の恐れ
この用語の一般的な定着にはいくつかハードルがあるように思えます。一つは、このアンケート回答時に見られる文章で引用したように、「アジア太平洋戦争」が「十五年戦争」と同じ意味で使われる場合もあることです。不用意に使うと、その起点が1931年か41年かで分かれ、厳密さを欠くことになります。
そしてもう一つは、歴史認識の問題です。大辞林4版にはアジア太平洋戦争は「一九三一年の満州事変に始まり、日中戦争・太平洋戦争を経て一九四五年の敗戦に至る日本の一連の対外戦争の総称。これらの戦争を一連の不可分のものと考え、日本がアメリカとの戦争のみならず、中国・アジア諸国に侵略戦争を行なった意味をこめた呼称。十五年戦争」とあります。
日本の「侵略」を認めない立場の人からすれば、このように説明される用語は意地でも(?)使いたくないことでしょう。単に地域的な戦場の意で使えば問題はないはずですが……。たとえ先の戦争について特定の立場を取るつもりがなくとも、この用語を使うだけで、歴史認識という色眼鏡を通して受け取られることになる可能性は否定できません。
「十五年戦争」「昭和戦争」も支持されず
なお、アンケートで「十五年戦争」は最少になりました。最近はこの語は支持が少ないようです。15年というのは1931年から45年までの「足かけ」であり、単純計算すると具合が悪いことも一因かもしれません。
また、読売新聞が2006年に「日本の過去の国内戦争が、年号で呼ばれていることが多いこと、また、昭和時代に起こった一連の戦争であったことを考え、満州事変、日中戦争、日米戦争にいたる一連の戦争を一応『昭和戦争』と呼ぶこととした」と提唱しましたが、読売自身もその後「太平洋戦争」に戻り、普及しませんでした。
結局、現状では「第二次世界大戦」「太平洋戦争」をベースに、戦場や年など必要な情報を加えるのが一番なのかなと思ってしまいます。
この問題についてもっと詳しく知りたい方は、下記のURLをご参照ください。http://www.nids.mod.go.jp/publication/commentary/pdf/commentary107.pdf
(2020年09月01日)
戦後75年なのですが、この戦争の名称はいまだに確定していません。政府主催で毎年8月15日に行われている「全国戦没者追悼式」での安倍晋三首相の式辞では「先の大戦」とするか、「戦場」「戦後」などとするだけで、名称そのものを発信することは慎重に避けているようです。
一般に使用頻度が大きいのは「太平洋戦争」でしょう。また「第二次世界大戦」という場合も多いと思われます。近年提唱されているのが「アジア太平洋戦争」です。広辞苑(7版)では「太平洋戦争の別称。中国や東南アジアなどアジア諸国も戦域であったことからいう。十五年戦争全体を指すこともある」とあります。
「十五年戦争」は同辞典によれば、1931(昭和6)年の柳条湖事件から45年の降伏まで、日本が15年にわたって行った一連の戦争。すなわち満州事変・日中戦争・太平洋戦争の総称――とあります。ここに挙げたものの他にも呼称がありますが、皆さんはどれが最もふさわしいと思いますか。
(2020年08月13日)