仰げば尊し我が師の恩――今年は新型コロナウイルス感染の影響で卒業式の延期・縮小を余儀なくされる学校が多いのですが、それでもお世話になった先生に感謝を伝える言葉は例年通り全国で述べられるでしょう。
さて、以下は高校を卒業する男子と、その叔父で校閲者の架空の対話です。
叔父 えっ、そりゃすごい。おめでとう。
おい それで、叔父さん校閲だから、あいさつの原稿をチェックしてほしいんだ。
叔父 いやあ、叔父さんは新聞記事専門の校閲だから、学校の答辞とかいうのは勝手が違うけど、まあ見せてごらん。……うーん、悪くないが「ご指導いただいた先生方、ありがとうございます」というのは直した方がいいな。
おい えっ? どこがおかしいの?
叔父 「いただいた」
おい どうすればいいの?
叔父 「くださった」だろうね。
おい 「くださった」も「いただいた」も意味は同じ敬語でしょ。
叔父 いや、けっこう大きな違いがある。「くださった」は相手が主体、「いただいた」は自分が主体でしょ。「先生がご指導くださった」とはいっても「先生がご指導いただいた」とはいわない。だから「先生」のように立てるべき相手に直接結びつける場合は「ご指導くださった」とすべきなんだ。
おい でも、みんな言っている気がするけどなあ。
叔父 確かによく見聞きするけどね。「先生にご指導いただいた」と混同しているのかなあ。
おい え? 「ご指導いただいた」は駄目じゃないの?
叔父 いや「先生にご指導いただいた」なら正しい敬語なんだ。「先生が」だと先生が主語だから「ご指導くださった」にしなければいけないけど、「先生に」の主語は、略されているけど「私たち」だ。「私たちが先生に指導をいただいた」ということだから「いただいた」で問題ないんだ。
おい じゃあ「ご指導いただいた先生」も「私たちが」が省略されていると考えるといいんじゃないの?
叔父 でも「ご指導いただいた先生」だけだと、先生が別な人から指導してもらったようにも受け取れるよ。
おい うーん、そうかなあ。本か何かで「ご指導いただいた先生」が駄目だって書いてあるのはないの?
叔父 実は叔父さんも敬語の本をいろいろ探したんだけど、意外にこのケースの例はほとんどないんだ。じゃあ自分で書いてみるということで書いたのがこの本、「失礼な日本語」。
おい なんと、いままでの会話は手の込んだ宣伝だったのか。
失礼しました。では普通の宣伝です。世の中に敬語のマニュアル本は山ほどありますが、「失礼な日本語」(ポプラ新書、税込み946円)は、それらのどれとも違う、突き詰めて考えていくスタイルで日本語の特質を明らかにしています。って、自分で言うか。
【岩佐義樹】