商売繁盛の時、「かきいれどき」の書き方について伺いました。
目次
根強い「搔き入れ」のイメージ
年末商戦たけなわでお店によっては「かきいれどき」。漢字で書くならどちら? |
書き入れ時 48.6% |
搔き入れ時 51.4% |
真っ二つに分かれました。「書き入れ時」が正解、というのは近ごろ浸透しているのではないかと思いましたが、「搔き入れる」という動作のイメージしやすさが改めて確かめられたと言えるでしょう。回答からの解説でも書きましたが、やはり酉(とり)の市の熊手のせいなのでしょうか。
正解は「書き入れ」、語源には複数説
文化庁の「言葉に関する問答集19」(1993年)は「『かきいれ時』を『搔き入れ時』と書くとおかしいか」の項目でまず、「かきいれる」の漢字表記として可能なものは「搔き入れる」「舁き入れる」「書き入れる」の三つだと言います。「舁」は見慣れないと思いますが、「かご舁き」のように「一緒に担ぐ」意味ですからここでは無関係。「搔き入れる」については「『搔き入れ時』と書きたくなるのは、もうけを搔き集める時という解釈が働くためであろうが、それは、いわゆる語源俗解であって、正しい解釈とは言えない」と切り捨てます。
「書き入れ時」については「商売などが忙しくて利益が多い時は、帳面に記入することも多いというところから出たものだとする解釈も見受けられる」とする一方で、戦前の国語辞典の「書き入れ」の項目を見ると、「少し意味合いの異なる記載がある」と言います。複数挙げられている中から「大言海」を孫引きすると「売行(ウレユキ)、利益(マウケ)ノ期待(マチウケ)。(確定ノ事トシテ帳簿ニ書入レオク意)」。この語釈だと、書き入れるのは商売が繁盛する当日ではなさそうです。前もってもうかる日を予期して「この日は金が入るわい」と帳簿に書いておくのが「書き入れ時」ということになります。
「帳簿の書き入れに忙しいときの意から」(明鏡2版)のような解釈が現在の辞書では主流ですが、「問答集」は「『書き入れ時』とか『書き入れ日』というのは、目当てにする時期(日)の意から(中略)もうけの期待される時期(日)、もうかる時期(日)、忙しい時期(日)の意に移っていったのではないかと思われる」とまとめています。表記としては「書き入れ時」が正解になりますが、語源を説明するならば「帳簿に書き入れるのに忙しい時期だから」と言うのは留保が必要なようです。「~という説もある」ぐらいなら大丈夫でしょうか。
「もうけ」以外の用例も
青空文庫で「書き入れ」の用例を探してみると、確かに売り上げを忙しく書き入れると言うよりは、何ごとか当てにできるとき、のような使い方にも行き当たります。種田山頭火の日記(1933年)には「まだ降つてゐる、書入れの日曜日が台なしになつて困つた人が多からう」という一行があります。商売も含め、何か期待できるとき、という含意が読み取れます。
佐々木邦の少年小説「苦心の学友」(1927~29年)には「土曜日は自習がないので照彦様の書き入れになっている。昼からお兄様がたのまねをして馬に乗ってみた」というくだり。この「書き入れ」は「楽しみな時間」ぐらいの意味で使われています。ちなみに「照彦様」というのはこの作品の主人公が学友を務める「若様」です。この作品は「少年俱楽部」に載っていたものですが、旧大名家の家臣の子供が殿様の家に住み込みで若様の友人になる――という設定は、今の子供には異世界ファンタジーよりも理解し難いかもしれません。
話はそれましたが、「搔き入れ時」はやはり誤り。回答の半数が支持したことを考えると簡単に否定できないとは思うのですが、これは仕方ありません。それでも「書き入れ」では落ち着かないというならば、「かき入れ時」とひらがなを使うのが穏当な書き方ではないかと考えます。
(2018年01月11日)
「搔き入れる」は「指、爪のようなもので掻くようにして中に入れる」(日本国語大辞典2版)。酉(とり)の市の熊手のようなものをイメージし、それでお金をかき集める絵柄が浮かぶかもしれません。「かき集める」は漢字ならば「搔き集める」ですから、「搔き入れ時」と解されるのもうなずけます。
ただし、正解は「書き入れ時」です。「〔帳簿の記入に忙しい時の意から〕商売が繁盛してもうけの非常に多い時」(大辞林3版)と説明されることが多く、今時ならば、休む間もなくレジに売り上げが記録されていくという感じでしょうか。これはこれで理解できるのではないかと思います。
ただし、日国2版の「かきいれ 【書入】」の項目には「②売れ行き、利益、興味などの期待や予想。また、そういう期待のできるとき。かきいれどき」とあります。これを見る限りでは「帳簿の記入に忙しい」というよりは、「この日はもうかる日だ」という予測ができる時のことを指すということです。正解にも正解なりに、議論の分かれる部分がありそうです。
(2018年12月24日)