「ウイルスに感染する」ということを別の表現でどのように言うか伺いました。
目次
「感染」は「病原体が侵入すること/病気がうつること」
「新型ウイルスに感染する」を名詞の形で表現するなら…… |
新型ウイルスへの感染 31.5% |
新型ウイルスの感染 16.7% |
新型ウイルス感染 30.5% |
「ウイルスに感染すること」など、上記以外の表現がよい 21.3% |
新型コロナウイルスの文字が新聞に載らない日はなくなりました。日本国語大辞典によると「感染」は、「病原体が、体内に侵入すること。病気がうつること」。つまり、ウイルスに焦点を当てるなら「新型ウイルスによる感染が起きる」などとするのが適切な表現であるようです。
感染症を引き起こす原因である「ウイルス」と、ウイルスが原因となって表れる症状である「感染症」は区別されるため、厳密に言うなら「ウイルスが人に侵入して感染が起き」、それによって「人が病気(感染症)にかかる(感染する)」とすべきでしょう。ただ、連日同じ感染症について報道を続ける新聞では「新型コロナウイルスによる感染でかかる病気(感染症)」のことを、省略して「新型コロナウイルス」と書くことが慣例のようになっています。
日本国語大辞典は同じ「感染」の項で、「類義の『伝染』は病気を主とし、『病気が人に』の形が基本であるのに対して、『感染』は人に重点を置き、『人が病気に』が基本の言い方」とも説明しています。「新型ウイルス」を「新型ウイルスによる感染症」と同一視する形で、「人【が】新型ウイルス【に】感染する」という表現が広く使われています。
回答は割れるも「への」がやや優勢
さて、質問ではこの「(人が)新型ウイルスに感染する」を名詞の形で表すならばどんなふうにしたいかを伺いました。
①「新型ウイルスへの感染」は、もとの表現が「【に】感染する」であるため、「に」→「への」と文法通りに直した形。②「新型ウイルスの感染」は「ウイルス」と「感染」の間をシンプルに「の」でつなぐことで、前後の結びつきを読者に読み取ってもらう形。「ウイルス【が人に】感染する」「ウイルス【によって引き起こされる】感染」などをざっくり表していますが、「の」だけでは言葉足らずと感じる向きもあるかもしれません。③「新型ウイルス感染」は②をさらに短くして、「ウイルス感染」そのものをひとまとまりの名詞として扱う形です。
回答は割れたものの、僅差で①を選んだ人の割合が一番大きくなりました。文法に忠実で、丁寧な印象のある①が比較的多く支持される結果になったと言えそうですが、それでも全体の3割ほどであり、多数派とは言えません。出題者は個人的に①に違和感があり、代わりの案として②と③を挙げましたが、正直なところ、いずれもしっくりくるものとは思えず悩んでいるので、選択肢があまりよくなかったかもしれません。
人がウイルスに向かってゆく?
「北海道に旅行する」を名詞の形で表すと「北海道への旅行」となるように、助詞「に」を伴う動詞を体言に直す際には「に」→「への」という変換が起こりやすいです。「にの」とは言わないため「への」でカバーされるわけですが、この置き換えがあまりなじまない場合もあるように思います。
「へ」と「に」はどちらも「行き先」を表しますが、「へ」が主に「動作が及んでいく方向」を表すのに対し、「に」はより広く、目的地や、「事柄の起こる源やきっかけ」も表します。「北海道に旅行する」であれば「人→北海道」の向きなので、「北海道【へ】旅行する」と言い換えても違和感はなく、体言なら自然と「北海道への旅行」となります。
一方で「ウイルスに感染する」の場合、ウイルスが人の体内に侵入して感染が起きるわけですから、「人←ウイルス」の向きであるはずです。ここでの「に」は「動作が及んでいく先」ではなく、「その事柄(=感染)の起こったきっかけ」を意味しています。「ウイルス【による】感染」というイメージに近いでしょうか。「ウイルス【へ】感染する」と言うと、人が能動的にウイルスの方へ向かってゆくような印象が強くなり、ベクトルが逆ではないか、という違和感が生じるのだと考えます。
「に」→「への」が成り立つとは限らない
「へ」と「に」はその表す矢印の向きが正反対の場合があり、常に代替可能なわけではありません。アンケートでは①を選んだ人が最も多かったものの、③もほぼ同数であり、「選択肢以外の表現がよい」と回答した人も2割を超えました。③のように助詞を省いて簡潔にすることもできますし、形式名詞の「こと」を補って「ウイルスに感染すること」とするのも手かもしれません。
ぜひともこうすべし、という正解がないのが歯がゆいですが、もとが「に」であるからと単純に「への」に置き換える前に、立ち止まって検討してみることを提案したいです。
(2021年11月05日)
おそらく多くの人は一番上の選択肢を選び、出題者の期待する結果にはならないだろうという予感があります。▲「北海道に旅行する」を名詞にすると「北海道への旅行」となるように、助詞「に」を伴う動詞を体言に直す際は「に」→「への」という変換が起こりやすいです。では「新型ウイルスに感染する」ことは「新型ウイルスへの感染」となるでしょうか?▲出題者としてはこれが、人間がウイルスの方へ向かってゆくような表現に思え、不自然に感じられます。「へ」も「に」も方向を表しますが、「へ」が主に「動作が及んでいく先」を表すのに対し、「に」はより広く、「動作の起こる源やきっかけ」も表します。なんでも安易に「への」に置き換えてよいものでしょうか。▲一方、「への」が使えないならどう言えばいいのか、他に据わりのよい表現も思いつかないので困ります。ご意見をお聞かせください。
(2021年10月18日)